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秋田の「風」で県外貨を稼げ~佐藤裕之さん+AKITA45

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 日本海側で、最も優れているとされる風力発電のための風況を有する一方、稼働する風力発電の大半が県外資本で占められている現状にある秋田県。秋田特有の地域資源として、風力発電周辺産業を創出し、雇用の拡大を図ることなどを通じた地元経済の活性化を推し進めるコンソーシアムがある。「秋田風作戦」だ。同コンソーシアム会長で、風力発電事業を手掛ける「ウェンティ・ジャパン」(秋田市中通5)社長の佐藤裕之さんと、地域課題の解決へ向けた研究などに取り組む市民有志のグループ「AKITA45」メンバーで社会起業家の武内伸文さんが、再生エネルギー関連産業が秋田にもたらす社会的・経済的な意味について対談した。
※この記事は、2021年2月に行った秋田経済新聞主催オンライン対談の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。

佐藤裕之さん/株式会社ウェンティ・ジャパン、羽後設備株式会社 代表取締役
1961年、秋田市生まれ。秋田高校から一橋大学法学部へ進学。大学卒業後、外資系企業のIR(インベスター・リレーションズ)コンサルタントとして勤務。1996年、父親が経営する羽後設備(秋田市泉中央2)に携わるため帰郷。その後、さまざまな市民活動や官民協働、まちおこしに関わる。2012年9月、風力発電事業に参入する初の地元企業としてウェンティ・ジャパン(中通5)を設立。ほかに、寺町観光研究や地元工芸の維持復活など地元興しに奮闘する。

武内伸文さん/社会起業家、前秋田市議会議員
1972年、秋田市生まれ。青山学院大学法学部卒、英国カーディフ大学大学院「都市・地域計画学部」修士課程。「組織・人の変革」を専門に外資系経営コンサルティング会社アクセンチュアなどを経て、2015年から秋田市議会議員。「次世代につながる地域づくり」をテーマに、広範な分野で社会活動に取り組む。 この記事は、2021年2月に行った秋田経済新聞主催のオンライン対談の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。


佐藤 私は、大学進学で上京して、そのまま東京で企業の財務コンサルタントとして働いていました。父が経営する設備工事会社を継ぐために36歳で帰郷したのが、1996(平成8)年です。このとき感じたのは、秋田で過ごした高校時代、1980(昭和55)年ごろの市内と比べると、ずいぶん寂しい街になってしまったということ。そこで、なにか面白いことを仕掛けて、にぎやかな秋田にしたい、地域課題の解決につなげたいとの思いから、さまざまな町おこしを企ててきました。雪寄せをスポーツイベント化した「雪寄せ世界大会」もその一つです。
 そうしているうち、「将来的に日本一になるかもしれない」と予感したものが「風力」です。風には、使える風と使えない風があるのですが、都道府県別に風のエネルギー賦存量だけを見ると、北海道・青森・岩手・秋田の順。このうち、北海道は電力的には閉鎖空間だから限界がある。岩手は、リアス式海岸でお分かりのように、大型の構築物である風車を立てにくい。青森は、海岸線は長いですが入り組んでいる。風が最も強くて良い北西方向に対峙する海岸線を持っているのは、秋田だけです。
 私が最初に風車に注目したのは、2007年(平成23年)頃だと思います。某コールセンターからの相談がきっかけでした。コールセンターというのは、災害が起きたときにこそ、最も実力を発揮しないといけない事業所です。ところが、そこには電力が1系統入っているだけで、いわゆる冗長性がない。そこで、自前の電源を用意できないだろうかということを検討しました。当時、秋田大学の専門家を通じて、風車の碩学(せきがく)である足利大学(旧・足利工業大学)の牛山泉先生の講演を何度か聴き、可能性を感じていたこともありました。結局、そのときは実現しませんでしたが、2011(平成23)年に東日本大震災に見舞われ、その後、電力の固定価格買い取り制度ができて、たまたま風車による地域経済賦活を研究していた地元の銀行と意見が一致し、風力発電の会社を作りましょうということになりました。
 秋田の海岸線には、藩政時代に植林が始まった農地や住宅地を守るための防砂林があります。これが、農地や住宅地と風車の立地にふさわしい最適地を見事に離隔してくれています。まさに風車の適地です。なお、「風車によるまちおこし」ということでは、山本久博さんらの「風の王国プロジェクト」による、秋田の海岸線に風車を1000本並べようという構想も既にありました。
 現在、秋田の陸上風車は、310基で64万4000キロワットの発電能力があります。これは全国1位です。64万4000キロワットという電力量は、約41万8000世帯の電力をまかなえるような規模です。秋田県の総世帯数は38万9000世帯ほどですから、100%超えています。残り約3万世帯分は、秋田県外に移出され、外貨を稼いでいるということになります。さらに、能代市や秋田市飯島の火力発電、水力発電などを足せば、総量たるや大変なもの。電力は、秋田の戦略商品といえます。これは、いい風のある秋田だからこそできることです。比内地鶏やタハタを地場の地域資源だとプライドを持っているのと同じように、風も秋田が外貨を稼ぐことが出来る地域資源なんです。

武内 地元の産業を発展させることができそうですね。

佐藤 秋田の地場産業として展開することで、地元の人々が受益者になることが重要です。私は、風力発電に関連する製造業や部品メンテナンスなどの産業を育成したいんです。そのようなミッションを持って立ち上げたのが「ウェンティ・ジャパン」であり、8年前に立ち上げた企業連合「秋田風作戦」です。風作戦の会員数は110社。これほどの規模のコンソーシアムはなかなかありませんよ。
 風車は、クルマと同じくらいの2万~3万点もの部品でできています。部品の多くは、製造原価の安い中国で作っていますが、輸送など付随コストまで検討すると、地元で作っても勝負できるものがあるのではないかと考えています。当初は、秋田で風車の部品を作ることなど誰にも信じてもらえませんでしたが、由利本荘市の三栄機械さんでは、既に風力発電機のタワー部分の重要部品や治具の製造や、それまでオランダやドイツでしか作っていなかった、羽を運ぶために必要なアタッチメントなどの販売に成功しています。秋田では、もはや風車部品のサプライチェーンが構築されつつあるのです。
 何度も言います。風車は秋田の地域資源です。このほとんどを、東京や中央の大手や外国企業だけに事業させ、おいしい部分を持っていかれたとしたら、地元としては愉快ではないですよね。こういうのを植民地というんですよ。国内のサプライチェーン構築には、風車のメッカである秋田が、秋田の企業・ヒトが一役買うべきなんです。風車の重い部品を運ぶのは大変です。地元で作れれば、すぐに運べるし、コストも安いはず。もちろん、現実には簡単なことではありませんが、可能性は大きい。戦後、秋田の製造業は、大きな鋳物を作るような重厚長大な産業はほとんど育ってきませんでしたが、電気、電子部品などの製造は盛んです。そこを狙ったっていい。いずれにしろ、地元の皆さんが積極的に関わっていかないと、秋田の風車由来のベネフィットを東京に持っていかれてしまう。私たちは、風車を地域産業化することで、秋田の植民地化を止めたいのです。

武内 風車の周辺産業には、製造のほか、オペレーションやメンテナンスがあります。これらの市場規模も大きいのだそうですね。

佐藤 秋田県全体で、洋上風力発電は最大182万キロワットが計画されています。建設に1兆469億円、運転・保守は年間792億円で、20年間ですと1兆4000億円という試算があります。しかし、この資料では、風車部品の製造に係る秋田県内の受注額がゼロになっているんですよ。これではいけないのです。「秋田風作戦」がこの予算を覆すべく頑張っています。風車にはメンテナンスが必要ですが、メンテナンスの世界は経済合理性が追求され、極めて効率的に行われます。ですから、数としては、あまり人手はかからない。一方で、風車のメンテナンスには高度な技術を持った付加価値の高い人材の育成が必要になります。また、メンテナンス部品の製造や輸送、保守・点検など幅広い産業が生まれますので、これらの分野での雇用の創出は極めて大きい。これを秋田で吸収することを目指しています。

武内 秋田沖に建てる以上、地元で製造した部品を積極的に使わなければならないと決めたいぐらいですね。一方で、全てを地元で回そうとするのは、開発や投資スピードの遅れにつながることになりませんか。自治体としても投資することは一つの考え方ですし、あるいは、ヨーロッパの小さい陸上風車などでは、地元の共同体が20%出資することに決められていることなども参考になるかもしれません。

佐藤 実際は、皆さんが秋田県内の銀行に預けられているお金を全部足しても足りないんですよ。当然、外からの投資を受ける必要はあります。ただ、地元は、投資にもしっかり関わることが重要です。例えば、市民ファンドで、地元の皆さんが地元代表として投資や事業に発言ができる機会を作ること。ヨーロッパにおける自治体電力のような形も一つのあり方ですね。ドイツなどは、日本的な意味での大企業がなく、中企業の集まりのような国です。そこには、地域の代表や組合代表が役員会に入るような、社会主義的な仕組みも採られています。このようなガバナンスの論理を風車の世界に導入することも考えられますね。大事な地域資源を使う以上、地元の皆さんがメリットを受けられるものでなければなりませんから。
 そして、何よりも、秋田は、戦略商品としてのエネルギーの移出に取り組むべきです。また、再生可能エネルギーの固定価格での買い取りは、事業開始後20年で終わりますので、そのときに地元で自前の電力として使えるものが出てくるかもしれません。皆さんが想定しやすい、エネルギーの地産地消ですね。時間軸で考えていった場合、秋田は、まずは戦略商品としての電力の移出を展開し、次のステップで、域内循環を考えるというのがいいと思っています。

武内 私は前者の方、地産地消ということを考えていたのですが、輸出を目指すことが戦略商品としてスピードアップにつながるということですね。ところで、洋上では、漁業組合との関係で漁礁として使っている海外の事例もあります。作られた電力が余る場合、いろいろなところで活用しようとした場合、水素などの電源を使った漁船なども出てくるんでしょうね。

佐藤 風車は自然に優しい仕組みです。ダムを作ったら壊すのも大変ですが、風車は解体すればいいだけです。そういう意味で、環境に大変優しい機械だと思っています。現在、当社では、富山県で、日本で最初の純粋民間資本による、一般海域での洋上風力に挑戦しています。ここでは、漁業組合の皆さんも積極的に関わってくれています。この地域では、風車の電力を漁業に活用することなどによって、魚影が戻ってくるだろうとの期待感が強いのです。五島列島の浮体式洋上風力でも漁業関係者の期待感が大きいと聞いています。
 地域によって事情は異なるでしょうから、軽々しくは言えませんが、私は前向きに挑戦すべきだと思っています。風車の電力由来のクリーンな水素を活用するなどの構想も各方面で進んでいます。

武内 北九州や静岡、川崎などは、水素都市を目指していますね。

佐藤 水素については、福島の浪江などでも力強く取り組んでいますね。ほかの地域では、水素の原料に化石燃料などを使うこともあるでしょうが、秋田には、風力・水力・地熱などの豊富な再生可能エネルギーがあって、なおかつ、十分な量があります。いわゆるグリーン水素が期待できるのです。エネルギーの領域で、秋田がアジアで一番SDGs(持続可能な開発へ向けて、国連が定める国際目標)のゴール実現に近い地域としてアピールできるかもしれない。これは、秋田にとって大きなプライドだと思いませんか?

武内 まったく同感です。水素を作る過程もクリーンで、ほかの燃料に頼らずに済みそうですね。そのような水素電源があれば、秋田で事業したいという企業も出てくるのでは。

佐藤 現在、私たちの電力は、電力卸を通じて横浜市などクリーンエネルギーに高い関心を示す方々に使ってもらっています。今世界では、クリーンなエネルギーに対する要求がものすごく高まっています。化石燃料由来のエネルギーを多用する企業のものは使わない 、投資をしないといった動きが加速しています。秋田のクリーンなエネルギーという視点で、コールセンターやデータセンターのように多くの電力を使う企業なども誘致しやすくなるでしょう。先日、秋田市内でも大規模な停電がありましたが、生活防衛や地域の防衛の観点から、エネルギーの分散化や、ハイブリッド化も考えておくべきでしょう。

武内 緊急時に必要となる福祉や防災の分野では、特に実感するところです。今回の停電では、市が企業協定している先の電気自動車が、コミュニティーセンターに来て市民を助けてくれました。クルマだけではなく、地域の電力を分散化することが求められると考えています。

佐藤 エネルギーなどの大きな社会インフラが必要な世界は、時間軸でも考えてもらいたいんです。技術革新は、日々進みます。次世代になにか新しい方法のエネルギーができたら、今の火力も、原子力も、風車も全くいらなくなる日が来るかもしれない。そのとき、風車は大きな構築物ではありますが、ボルトを外して分解すれば元に戻せます。こういうことはあまり議論されませんが、こうしたことを視座に入れながら、日本のエネルギー政策や地域でのエネルギーの地産地消、リスク分散などを考えることが大事だと思っています。リスクヘッジという言葉があります。いい技術だからといって、みんながそれだけに向かってしまうのは危険ですよね。今冬起きた各地のホワイトアウト事象では、クルマが何百台と止まりました。これが、もしも全部電気自動車だったらどうなっていたでしょう。エンジンだから助かったという面もあるかと思います。中庸的にものごとを考えていく姿勢は、とっても大事なんじゃないかな。
 大きいことはいいことだという考え方も終わりつつあります。エネルギーのリスク分散、あるいは、社会インフラのリスク分散、小口化などが価値になっていく時代です。明治維新以降、日本が目指していた生き方、「坂の上を雲」を目指していたような生き方が、もはやクールではなくなっている。私は「故郷で錦を飾る」若い人たちが少しでも増えてくれればいいと思っています。「が」ではなく「で」です。秋田発の世界企業が出てくるかもしれないですよ。若いアントレプレナーが、大人のプライドと自信を持って、堂々と挑戦できるリソースと土壌が秋田にはふんだんにある。若い人たちが、ようやく気づきだしたのではないかと思っています。

武内 歴史的な経緯からしても、社会が大転換する可能性がありそうです。地方都市と首都圏など大都市との関係を考えても、コロナ禍における地方回帰のような価値観につながっているのかもしれません。同時に、世界レベルの視点でつながりを見ていく時代、そして、地方の産業が地域に合った形で活躍していく時代になってきそうです。

――ありがとうございました。

ウェンティ・ジャパン

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