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コロナ禍に考える外食産業の価値~村上雅彦さん

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 東京や大阪など18都道府県に適用されていた「まん延防止等重点措置」が3月22日、全面解除された。しかし、感染収束の目途が立たないことから、多くの自治体が引き続き感染拡大の防止行動を呼びかける。3年以上にわたりコロナ禍の影響を受ける飲食店の状況について、秋田県内外で85店舗(2022年3月31日現在)の飲食店を経営するドリームリンク(本社・秋田市山王2)の村上雅彦社長と、10年にわたり秋田市内で飲み歩きイベントを開き、飲食・交通・観光などの支援などに取り組む元秋田市議会議員の武内伸文さんが対談を行った(以下、敬称略)。

コロナ禍の地域間格差

武内 3年ほど前から市内の飲食店主へのヒアリングを続けているのですが、「地元の食文化を担う者として意地で営業してきたが、いよいよ正念場」「帳簿を見せるから窮状を知ってもらいたい」など、多くの飲食店主から悲痛な声が聞かれます。このままでは、秋田市の繁華街・川反(かわばた)を始め、地元の飲食文化自体が失われてしまうのではないかと強く危惧しています。秋田などの地方と東京などの大都市では、飲食店が置かれている状況も異なるのでしょうか。

村上 当社は、北海道から鹿児島まで全国で飲食店を経営していますので、コロナ禍における地域格差などが日本地図上に浮かび上がるようによく見えています。コロナ禍で、私たちの飲食業界は大きく2つの地域に別けられました。1つは、緊急事態宣言地域とまん延防止地域に属するいわゆる「宣言地域」。もう1つはそれ以外の「非宣言地域」です。宣言地域では営業時間の短縮や休業の要請を受け、これを守ることの補償として協力金が支給されますので、当社営業の店舗では黒字になりました。つまり、大きな経済的打撃を受けた首都圏の飲食店にとって有効な施策といえます。一方、非宣言地域の店舗に協力金はなく、大きな赤字となりました。感染が拡大した地域の店舗は店を休んでも黒字となり、感染を抑え込んでいる地域の店舗は店を開けて赤字になったのです。このような地域格差が起こっているのです。私も武内さんと同じく多くの非宣言地域の飲食店経営者の悲鳴を聞いています。中でも、秋田の皆さんは辛抱強いので「大変なのは秋田だけじゃない、全国の飲食店も同じだ。だから頑張らなければ」と、地域格差など知る術もないまま、文字通り歯を食いしばって頑張っているのです。

武内 非宣言地域で飲食店の経営が悪化するのは構造的な問題として捉えられそうです。秋田では、飲食店以外で発生したクラスターの方が多いのにも関わらず、外食をしづらく、人が出歩きにくいような社会の雰囲気ができあがってしまったようです。

村上 こう考えてみて下さい。10世帯しかない集落があったとします。小さな集落ですので万が一感染者が出たら、どこの家から出たのかすぐに分かります。おそらく、その家は、集落のほかの家から白い目で見られてしまい、誰も近づかなくなるでしょう。それが怖いので「わが家から感染者を出しては大変だから外に出るな」となりますね。結果、人が歩いていない閑散とした街となってしまいが、感染者は出ません。つまり、病床使用率は低く抑えられます。病床使用率が低いので、この集落は「宣言地域」にならずに「非宣言地域」となります。「非宣言地域」なので休業要請も出ません。当然、協力金もありません。店主は少しでも家賃を稼がなければならないので店を開けざるを得ませんが、誰も歩いていない街で店を開けても誰も入って来ないのです。これが感染を抑え込んでいる秋田県を始めとする「非宣言地域」の現状です。

非常時の飲食店における競争と協力、業態の多様性

武内 飲食店などは、業態を変えて営業することができるのではないかとの考え方もあります。コロナ禍で、アルコールを提供する飲食店がランチ営業に移ったり、メニューのテイクアウトやキッチンカー営業、タクシーを使うデリバリーを始めたりするなど新しい市場を開くことも試みられました。しかし、実際には高コスト化を招き、市場とかみ合わないなどの例も多いようです。

村上 大手居酒屋チェーン店などは、居酒屋から焼肉屋へ業態転換しています。業態の転換は一つの方法ですが、全ての経営者にできることではありません。資金調達能力のある大企業や手持ち資金のある企業であれば可能です。しかし、ほとんどの飲食店は、夫婦経営などの家族経営です。コロナ禍で売上がないうえ、これから新たに借り入れを増やして業態を転換することは簡単ではないと思いますね。資金をかけないで転換できることとしては、夜間営業の飲食店がランチ営業を始める事例も多く見られます。しかし、ランチの「胃袋」は限られています。もともとランチで商売をしている皆さんがいらっしゃいます。そこに夜間営業の飲食店がランチ営業に雪崩れ込んだら、限られた胃袋の争奪戦となり、共倒れになってしまいます。今は災害時ですから、競合するのではなく、協力することが必要だと考えています。社内で言っていることがあります。「今は新型コロナウイルスという爆弾が世界中に降り注いでいる状況だから、被爆しないよう皆が自分の身を守るため逃げなければならない。でも、自分だけ助かればいいのではない。逃げられないでいる人がいたら、安全な場所に避難させてから自分も逃げるという考え方が大事だ」と。平時であれば、もちろん勝つか負けるかの競争があっていいんです。それは発展を生みます。でも、今はそうじゃない。協力しないといけないときだと思うのです。このような考え方から、当社ではランチ営業への転換やテイクアウト、デリバリーなどは行いませんでした。経費削減や新しい分野への展開など、それら以外の防衛と攻めをしてきました。非常時には「競争」から「協力」へとの考えを皆が持って、互いに助け合っていかなければならないと思うのです。

 また、食材の生産業者や飲食店に卸す問屋、小売店なども飲食店と同じように困っていますので、協力金のある飲食店はいい方なのではとの声もあります。しかし、政府は「食事をするな」と言っているのではありません。「会食」を控えるようにと言っているのです。つまり、人々の食事自体は減っていないため、食材の消費量も減らないのです。食べる場所が変わったということなのです。そう考えると、生産者や問屋などは、売り先や売り方を転換することができます。一方、飲食店の多くの店は、人通りが多い一等地にあります。つまり、高い家賃を払って店を構えています。お店を作るために資金をかけて内装を施し、高い家賃を払っているのが飲食店です。そのような店舗を簡単に移動させることはできません。誰もいない町で看板に明かりを灯(とも)し、いつ入ってくるのか分からないお客さまを待ち続けているのが飲食店です。飲食店の売場は、お店しかないのです。感染症拡大防止策として、飲食店の利用自体を避けるよう指示され続けたわけですから、事情は異なるのではないでしょうか。

武内 そうですね、私たちが考えるべきは、さまざまな業態がある飲食文化を残していくことです。そのために継続していけるような策を考えなければ。

村上 コロナ禍に新しく生まれる産業もありますし、衰退していく産業もあると思います。飲食業はというと、やはり、人間が生きていく上で絶対に必要な業界だと改めて思っています。衣食住の一つということだけではなく、冠婚葬祭などの場として人が集まって同じものを食べることは、歴史を振り返ってみても、どんな時代にも必要とされてきたことです。そのステージを提供するのが飲食業です。だから、経営が大変だからと飲食業から業態を変えることは、人類が生きていく上で大切な人生のステージを消してしまうことにつながってしまうことだと考えています。

地域アイデンティティーとしての飲食店

武内 飲食店が集いの場になって、私たちのコミュニティーとして活力を生んでいることは、全く確かなことですね。地域にとって、そのような場を地域の人々が守っていくことが、いかに大事なことかと考えさせられます。

村上 大手チェーン店と異なり、近所の小売店から食材を買ったり、地元の畑から野菜を買ったりして、その土地に伝わる伝統料理を提供しているのが地方の飲食店ですね。これらの飲食店は地産ブランドを支える観光業の一部でもあります。地方経済を支えている大切な産業です。つまり、観光立国を目指す日本において、旅行者が日本各地の食材や郷土料理に出会うことができる地方の飲食店は、日本の大切な観光資源であり、宝物だと思うのです。特に川反などは秋田県だけではなく、日本の宝物といえます。川が流れ、それに沿って江戸時代から続く情緒のある、歴史が薫(かお)る繁華街がいまだに残っているのは、京都の鴨川の隣にある先斗町(ぽんとちょう)と秋田の川反くらいしかないのでは。

武内 旅行の楽しみは、旅先で出会う人との触れ合いや地域の雰囲気、そして、食を楽しむこと。もし、それらを提供する業界が衰退してしまったら、地域の魅力がどれほど失われることになるのか。そのような姿になった秋田を想像するだけでもゾッとします。地域経済へのダメージは甚だしいはずですから支えていかなければなりませんね。

村上 2021年、秋田県は飲食店に対して19億円を超える支援金を支給してくれました。隣県に比べても頑張って支援してくれている地域だと思います。私たちの郷土を守るという観点からは、やはり県民と産官が一体となって、地域での競争から協力へという考え方が大切です。まだ間に合います。今、手を打てば、県民が一体となって守ることができます。川反などの小さな飲食店が次々に廃業してしまったら、そこに新たに入ってくるのは大手資本です。それらはネオンの色を変え、情緒が失われることにつながる可能性があります。かつて、日本の商店街には地元資本の町の電気屋さんがあり、小さな書店がありました。しかし、大手量販店の進出によって消えていってしまいました。それに伴い、多くの商店街が消えてしまいました。それらはもう戻ってきません。

武内 地域のアイデンティティーとして、地元の宝を守っていくんだという意識を持つことの大切さを広めていく必要があります。地方が特性を失うということは、日本自体の魅力が半減することそのものだと思います。まさに、今が地域の価値を守ることができるのかどうかの瀬戸際だと感じます。

村上 私たちは先代が残しくれた古いもの、歴史、伝統、文化を守り、次世代に渡さなければならないと思うのです。「コロナ禍で守れなかった」ではなく「コロナ禍でも守った」という歴史を作るべきだと思います。

国や自治体が守るべき価値

武内 コロナ禍が災害だとすれば、国や自治体の支援は重要です。現在、飲食店がコロナ禍で受けた融資の返済も始まっているところでもあり、少なくともコロナ禍以前に健全だった企業や店舗には、直接支援まで考えることも必要になってくるかもしれません。方策は、税金なのか、社会保険料なのか、融資に対する考え方なのか…さまざまな考え方があると思います。また、飲食店によってそれぞれ事情は異なると思いますが、端的にはキャッシュアウトをなくしていくことが1番の支援のように思います。具体的には、企業であれば、債務超過になってしまったら、これからの経済活動まで制限されてしまい、健全な営業ができなくなってしまいますから、コロナ禍による債務超過を債務超過とみなすべきなのかどうか、返済金は損金扱いなのかどうかなど、さまざまな考え方があるはずです。外からは見えにくい、個々の事情に応じた施策が必要です。

村上 アフターコロナは必ず訪れます。しかし、飲食店にとっては、嵐が去ったあとの焼け野原のような状態に面していると思います。第6波前にあった小休止状態で、飲食店の経営状態が一時的に良くなったときがありました。しかし、2次会などの需要はなくなっていることが分かりました。この傾向は、特に地方が顕著でした。これが3年にわたる災害が残した爪痕です。繰り返しになりますが、国には、地域ごとの経済格差が起こっていることに目を向けていただき、嵐が去ったあとの爪痕に対する復興も考えていただきたいのです。雇用を守るため、家賃を払うため、会社を守るため、地域経済を守るために生まれた私たちの「コロナ借金」の返済は、これから始まります。本来であれば、借りる必要のなかったものです。コロナにより債務超過になった企業をどのように見るのかについて、そして、それらに対する支援方法は武内さんが言われる通りなのだと思います。少なくとも、コロナ前に健全な経営ができていた優良な飲食店や企業を守ることは大切なことだと思うのです。

武内 コロナ禍により業績が悪化した優良企業は支えなければならないし、さらに、独自の飲食文化を支えるため、業界の意欲を支えられるような支援プランまで、一時的ではない伴奏的な支援を継続する必要がありますね。

村上 未知のウイルスへの対策として、感染の可能性が高い状況を潰していく3年前の対応は正しいものだったと思います。今は、ワクチンや経口治療薬も開発され、ウイルスの正体も分かってくるなど環境は変わってきました。そのような中、新型コロナウイルス感染症対策分科会では「クラスターが発生していない飲食店への支援はおかしい」との意見もあります。しかし、3年にわたり「会食」を控えるようにとターゲットにされ続けた飲食店に残る災害の爪痕は、飲食店でクラスターが発生していない今も、そして、新型コロナが収束しても残るでしょう。嵐が去ったとしても、がれきの山と化した街の復興は嵐のあとに始まるのだということを忘れないでほしいのです。

 最後に大切なことを申し上げます。私は、政府や霞が関、自治体、そのほかの関係者や協力金の仕組に対して批判をしているのではないことをご理解ください。ただ、日本という狭い国土で、地域における経済格差が起こっているということを知っていただきたいのです。これを解消しなければ、日本の経済は、取り返しのつかない状況になる可能性があるのだということを考えていただきたいのです。繰り返しになりますが、コロナ禍における地方飲食店の業績不振は、経営手腕や景気悪化によるものではなく、やはり「災害」だと思うのです。災害だとしたら、国が被災者を守らなければなりません。コロナ禍における最大の経済的被災者は飲食店だと思います。そして、感染が拡大した宣言地域の飲食店は国からの協力金で守られた一方、感染を抑え込んでいる秋田県を始めとする非宣言地域は、被災者の救済において蚊帳の外に置かれているのです。新型コロナは2つの要因で人の命を奪うと思います。1つはウイルスによる病死、2つ目は経済悪化による自死です。「5回の波には耐えたが、第6波は厳しい。もう、もたないかもしれない」との悲痛な声が「非宣言地域」の仲間から聞こえてきています。この問題は、人の命に係わる問題です。彼らの悲鳴が、どうか国に届いて、検討いただけることを願っています。


【取材協力】

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