「ホームレスはいない」とされる秋田で、NPO法人を立ち上げて生活困窮者の支援に取り組む女性がいる。「あきた結いネット」(秋田市泉南3)の代表理事・坂下美渉さんだ。
秋田経済新聞が、秋田市でまちづくり活動に取り組む市民有志のグループ「AKITA45」と連携して開くオンライントークセッションのゲストに坂下さんを迎え、同グループメンバーで社会起業家、前秋田市議会議員の武内伸文さんと、県内における生活困窮者の実情や同NPOの取り組み、市内で取られるべき対策などをテーマに対談した。
※この記事は、2021年1月に行った秋田経済新聞主催のオンライン対談の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。
坂下美渉(さかしたみさ)さん/NPO法人あきた結いネット代表理事
1978年、由利本荘市出身。社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士。高齢福祉・司法福祉分野で働いた経験を活かし、「秋田県で困っている人なくそう!!」をスローガンに2013年10月、NPO法人設立。現在、身寄りのない市民や生活困窮者、障がい者の支援などに携わる。
武内伸文(たけうちのぶふみ)さん/社会起業家、前秋田市議会議員
1972年、秋田市出身。青山学院大学法学部卒、英国カーディフ大学大学院「都市・地域計画学部」修士課程。「組織・人の変革」を専門に外資系経営コンサルティング会社アクセンチュアなどを経て、2015年から2021年2月まで秋田市議会議員を務める。現在「次世代につながる地域づくり」をテーマに広範な分野の社会活動に取り組む。
坂下 私は小さい頃に両親が離婚しており、また、裕福とはいえない家庭で育ちましたが、大学には行きたかったのです。ただ、家計から学費を捻出することは難しかったため、いったん就職して学費を貯めてから、東北福祉大学通信課程に入学しました。そこで、社会福祉士と精神保健福祉士の資格を取得しました。その後、刑務所出所者を支援する「秋田県地域生活定着支援センター」に相談員として勤務しました。そこでの業務を通じて、生活に困窮している人や罪を犯してしまう人には、まずは住む場所が必要なのだということに気づきました。そこで、2013(平成25)年にNPOを立ち上げ、住むところに困っている人に貸すためのアパートを1室借りるところから事業をスタートさせました。当初は、職員も雇用できませんでしたので、ボランティアや賛助いただいた会員の皆さんに手伝っていただきました。何かあったらすぐに動けるよう24時間体制で、自炊が難しい人にはご飯を作るなど、ありとあらゆる支援をしてきました。
武内 坂下さんは、生活支援や更生保護の視点から、十分な支援が行き届いていないところへのサポートをされているわけですね。
坂下 当NPOは、秋田県内では初めてのホームレス支援団体でした。というのも、厚生労働省が毎年行う調査では、この数年、秋田県内にホームレスはいないことになっているのです。調査は毎年1月に行われるのですが、河川や公園、駅などに寝泊まりしている人だけをホームレスと捉えると、冬の気温の低い秋田では、調査する場所にいないだけなのではないかと思われるのです。実際は、24時間空いているほかのどこかにいたり、駅周辺にいたりする人もいますが、本当は、ホームレス生活のために体調を壊して、入院している人が1番多いのです。その後、退院するにしても、帰る家がない。当NPOに相談に来られる人だけでも、年間100人を超えています。そのため「声なき声」があるように感じられるのです。私たちは、ホームレスをもう少し広く捉えています。例えば、家賃が払えなくなってしまったため、今月中に住む場所を失ってしまう人は、来月にはホームレスになってしまいます。また、住む場所はあるけれど、電気やガス、水道が止められているなどして住める環境にはない人もいます。 さらには、私は前職を含めて10年以上、罪を犯した人と関わっていますが、刑務所に入ることを望んで罪を犯してしまう人もいます。そのような人も、衣食住が満たされてさえいれば罪を犯す必要がなくなります。当NPOの活動を通じて、世の中に必要な仕組みを強化することで、結果的に再犯を防げていると感じることもあります。
そもそも、ホームレスになってしまう人の特性を見ると、困りごとを他人に相談できない人が多いのです。本当に困る前に、市役所などで相談するような行動ができない人や、仕事を一生懸命頑張ってきた人ほど、生活保護だけは受けたくないという人もいらっしゃいます。生活困窮者自立支援法ができて、秋田市にも生活支援担当の窓口があるので、もっと気軽に相談できるような状況になればいいなと思います。
武内 住む場所の問題一つ取っても、保証人が見つからないなどの難しさもありそうです。
坂下 緊急時に住む場所があるかないかで、その後の福祉の支援のあり方が大きく変わってしまうので、ホームレス支援として、緊急用受け入れ住居を用意することができたことは本当に良かったと思います。ただ、あくまで緊急の住まいですので、ここからほかのアパートなどに移る段階では、保証人の問題が出てきます。今では理解いただける不動産会社も増えてきましたが、事業を立ち上げた当初は本当に厳しかったのです。そこで、秋田弁護士会など、さまざまな業種の皆さんの協力を得たり、秋田市にオブザーバーとして関わっていただいたりしながら、2015(平成27)年、身元保証の事業を立ち上げました。これまでに当事業で100人以上の人の保証をすることができました。住む場所が決まっても、働かなければならないので、就労支援の部分の組み立てにも取り組んでいます。
武内 生活保護ばかりではなく、生活を安定させるための融資を受けたり、職業訓練したりする制度もありますよね。このような情報が、十分に行き届いていないこともあるかもしれません。どうしてもホームレスになってしまった人が、健康を害するようなことは避けなければなりません。私は15年ほど前から、チャリティーのリサイクル事業を秋田市内で行っています。そこには、ホームレスと思われる皆さんもいらっしゃいました。買い物するわけではなく、コミュニケーションを取る目的のようでしたので、お話しするなどの交流をさせていただきました。そのとき、どのような人も受け入れられる社会であるべきだと感じましたし、どなたにも分け隔てなく接することの大切さを、ボランティアスタッフも共有していました。まずは、地域として優しい目を向けられればと思います。
そして、ホームレスになってしまったり、生活保護を受けなければならなくなってしまったりしたあと、そこから抜け出して自立できるよう、社会としての仕組みや環境が必要になってきます。誰もが再チャレンジできる、さまざまなことに関わる機会を増やすこと。例えば、介護の人材は足りていませんし、ICTのスキルを持つ人も、社会から大いに必要とされている。社会に関わるための後押しが必要です。かつて、私が留学していたイギリスでは、ホームレスの皆さんが販売に携わる新聞がありました。駅前などの街頭で販売するのですが、これがホームレスの皆さんの収入になっています。これも社会の理解があればこその取り組みで、さまざまな事情を持つ人を社会が受け入れているんだと感じましたよ。
坂下 そのような取り組みは、自分で働きながら自立につながるので理想的ですね。課題が出てきたら、どのように解決していこうかと考えて、周囲の人を巻き込みながら解決していくことは楽しくもあると思います。「(人が)人から必要とされている」と感じられることは、すごく大事なことだなと思っています。自分が社会の中で何かの役に立っているのだという充実感を持てないと、衣食住が満たされているだけでは、人間らしく生きていくことは難しいものだと感じています。当NPOで運営する就労継続支援B型事業所に通う障害を持つ皆さんが、値付け作業やレジ操作、在庫管理、店内の飾り付けなど、全て自分たちで行う雑貨店「ストーリーキャット」の運営を、昨年11月に始めました。商品は障害を持つ皆さんが作られたものですが、どの商品もクオリティーが高いのです。障がい者が作ったものだから支援で買っていただけるというのではなく、商品が素晴らしいから買っていただけるよう取り組んでいます。2月からは「いぶりがっこ」も販売しますよ。ただ、コロナ禍で、商品を当施設以外の場所で販売する機会が本当に減ってしまったんですね。売り上げが落ちると、障害を持つ人の工賃も下がってしまいます。現在は、秋田県と青森県の30近い事業所の商品400点以上を集めて頑張っています。
武内 地域と関わりながら働ける場として、社会的に機能していることが素晴らしいですね。このことは、ホームレスや生活に困っている人の問題だけではないかもしれません。定年退職などによって地域との関わりが薄まってしまったことにより体調を崩したり、認知症が進んでしまったりする高齢者が増えている現状もあります。自分の居場所、自分が必要とされる社会であると感じられることは、人生を生き生きと送るために重要なことです。他県の事例ですが、自分の経験を生かしたコミュニティーを作りながら、生き生きと暮らせる高齢者施設のような仕組みがあります。その人の持つ経験を生かすことで、社会に貢献してもらえるプラットフォームは大切です。秋田は特に高齢化が進んでいる地域ですから。
坂下 いいですね。地域の町内会なども高齢化が進んでいますが、これに関わることが生き甲斐になっていらっしゃる人がいることは素晴らしいことだと思います。NPOの取り組みのベースは、地域の力を活用することです。ホームレスや生活に困窮している人、身寄りがない人などが、困りごとを発信できないこともあります。地域との関わりを持つことで、回りに気づいてくれる人さえいれば、私たちも相談を受けやすくなります。そのような輪が広がっていければいいですね。そして、支援を必要とする人に届けられるよう、私たちの事業も展開できれば。
武内 当事者や関係者、理解者の輪を広げていくことにゴールはないかもしれませんが、きっと関わる皆さんを豊かにする活動だと思います。一緒に頑張りましょう。
――ありがとうございました