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北欧に学ぶ「幸せな社会」の作り方~あぶみあさきさん

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 秋田市出身で、ノルウェーを拠点に活動するジャーナリストで写真家のあぶみあさきさん。5月、北欧の民主主義を題材にした「北欧の幸せな社会のつくり方~10代からの政治と選挙」(かもがわ出版)を出版した。まちづくり活動や海外交流に造詣の深い社会起業家で秋田市議会議員の武内伸文さんと、「幸せな社会」「まちづくり」「サスティナビリティー(持続可能性)」などをキーワードにオンライン公開対談を行った。

あぶみあさき(鐙麻樹)/ジャーナリスト、写真家
1984年、秋田県秋田市生まれ。ノルウェーの首都オスロを拠点に北欧情報を発信。ノルウェー国際報道協会理事会役員。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程(副専攻ジェンダー平等学)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーから「国を日本に広めた優秀な大使」として表彰される。

武内伸文(たけうちのぶふみ)/社会起業家、秋田市議会議員
1972年、秋田県秋田市生まれ。「次世代につながる地域づくり」をテーマに社会活動に取り組む。青山学院大学法学部卒、英国カーディフ大学大学院、都市・地域計画学部修士。「組織・人の変革」を専門に外資系経営コンサルティング会社アクセンチュア勤務、家業の印刷会社の経営などを経て、2015(平成28)年から秋田市議会議員。現在2期目。

進行:千葉尚志(秋田経済新聞編集長)

―― 秋田とノルウェーは似ているところもありそうですね

あぶみ 雪の量は秋田の方が圧倒的に多いのですが、ノルウェーの風は冷たく肌に突き刺さってくるので、防寒具としてマフラーや帽子は手放せません。秋田に住んでいたからノルウェーでも暮らしていけるんだろうなぁと思うことがあります。私は、東京の大学に進学して、ノルウェーに来たのが2008(平成20)年。秋田には本当にたまに帰るぐらいですが、年々、秋田の良さを実感するようになりました。故郷の秋田市の人口(約31万人)をオスロの皆さんに伝えると「大きな町から来たんだね」ってびっくりされますよ。当たり前過ぎることって、たぶん気が付きにくい思うんですが、恵まれた自然のある秋田に生まれ、人ごみのない地域に住んで育つことができたことは、本当にありがたいことだったんだなぁと思います。だから、自分が書いた本が秋田の皆さんに届いてることが、すごくうれしいのです。

市民の幸福とは~他者の幸せ

―― ノルウェーは、幸福度ランキング(世界幸福度報告/国連の持続可能開発ソリューションネットワーク発行)の上位常連国として有名ですね

あぶみ この調査は、北欧諸国に住んでいる個人個人に「あなたはどういうときに幸せですか」という主観を聞いた結果ではないのです。「他人を信頼し合える社会なのか」「信頼できる政府があるかのか」「体が健康的な状態なのか」「仕事があって平均的な収入を得られているのか」「差別からある程度自由な社会になっているのか」「夜に一人で歩いている時に安心だと感じられるのか」「人生で困ったことがあるときに自治体や政治・国レベルで社会的なサポートをしてくれるのか」「家族や友達と頻繁に会っているのか」…など、さまざまな指標で調査された結果を、身体的・社会的な満足度や幸福度として測っているものです。中でも北欧が上位になる理由は、「ウェルビーイング(個人やグループの状態)の平等さ」。つまり、社会への配分が挙げられます。あまりにも北欧の上位が続くので、その理由を今年のレポートではトピックとして出しているのですが、これを「ノルディック・ハピネス(北欧の幸せ)」と名付けています。
 では、その北欧の幸せとは何なのか、どのようにすれば、ほかの国々も北欧諸国のように数字を上げられるのか…。ごく簡単に言うと、北欧レベルの「信頼性」と「社会的なつながり」さえあれば、それだけで幸福度は60%も上がるんです。「信頼性」というのは、情報の透明度や政府が信頼できるのかどうか、「社会的なつながり」とは、ただ単に家族や友人などの自分のまわりの狭いつながりではなく、日本でいう世間でもなく、もっと広い社会のつながりのことです。これら部分を改善するだけで、経済的な格差を埋めずとも、各国の幸福レベルって大きく上げることができるんです。これを調べていくと、自分たちでもできるんじゃないかなということがすごく多いんですよ。
 例えば、自然環境にすぐアクセスできる環境かどうか。秋田は、この点はほとんどできている状態だと思うので、これを普段からもっと意識して生活できればいいわけですね。このレポートにも書かれていますが、散歩をするだけで幸福度は2%上がりますし、一人ではなく誰かと一緒に散歩すると、さらに8.9%まで上がる。これらを日ごろから意識して生活するだけで、幸福度は上がっていくんです。
 加えて、北欧だけではなく、この幸福度調査でトップの国々の共通点として「SDGs」(2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標)などにあるような、サスティナブルな気候危機や地球環境の改善に取り組もうとしているという点も挙げられます。

武内 地元の自然環境を意識するなどしながら、幸せだと感じる意識を持つことも大切なんですね。そして、施設や病院があることなどハードな面だけではなく、人と人との感情的な距離感に安心できるのかどうか、社会との関係で不安要素がいかに少なくなってるのかということが大切のようですね。(北欧の皆さんは)良い人間関係を築けていることが、コミュニケーションする上での信頼にもつながっている。自分たちが思ってることを社会で実現してくれそうだという意味では、政治に対する信頼も高そうです。私たちの地域を含めて、日本では、自分たちの思いが本当に政治につながっていると感じている人々がどれだけいるのでしょうね。私自身は、秋田市でこれまでに自転車タクシーを運営したり、商店街の活性化事業に取り組んだりするなどして、市民と地域社会の橋渡しにつながるような社会活動に取り組んできましたが、社会における人との距離感や政治との距離には、北欧の皆さんの意識との大きな差を感じます。

あぶみ ノルウェーの人々は、みんなが会うことのない人たちのことまで考えて行動しているんですよ。自分以外の他者の福祉までを願っているのです。ここでいう福祉、つまり幸福は、ほかの人たちの幸福や健康のこと。他者とは、友だちや家族のことだけではなく、未来の世代、子どもの子どもの世代のこと。未来の人々が、私たちのように安心して暮らしていけるのかを考えて行動をしているんです。例えば、北欧は、環境先進国としてのイメージが強いですが、エネルギー政策は変えていかないと地球は壊れていくのは明らかだから、今から私たちは何かをしなければならないという意識がすごく強い。幸福度調査では、このような意識の部分も測られていますね。自分の回りのことだけではなく、会うことのないほかの国の人たちのことまで考えて、心配する。自分は何をすればいいのか、政治家に働きかけたり、普段から国際ニュースをよく見たり…。人々が世界情勢や未来の世代のことまで気にかけて生活しているんです。

情報と教育~自分で考えること

武内 多くの社会の情報に触れる機会があるようですね。日本では、社会の情報に接することも、話し合う場も少ないように感じています。北欧では、情報に気軽に触れられるような環境があるんですか?

あぶみ 私は、中学校や高校の授業をよく訪問します。教育現場でも「この国だけではなく、世界で起きていることに対して、あなたも影響を与えることができるんですよ」という前提を持っています。例えば、教科書を開かず、昨日のニュースをみんなで考える時間を多く設けています。「アメリカの大統領の発言が、私たちにどのような影響を与えるのか」などについて、みんなで考える。国際ニュースが自分たちにどういう影響を与えるのか、与えるんですよという前提で話が進められているんです。このような仕組みがあるので、社会について考えることが、子どものころから自然と身に付いているんですね。
 話し合いのようなことは、日常的なものです。おしゃべりの感覚に近いですね。家庭でも、教育現場でも、会社でも、どこでもそうなのですが、常に自分の頭で考えて、意見する環境があります。また、できる限り自分と違う考えの人と意見を交わしたいという姿勢もあります。

武内 私が海外で暮らしていたときにも、やはり、コミュニティーの中で幸せを感じたことがありました。イギリスでは、朝昼晩、地域の人々がパブというスペースでコミュニケーションを取ります。これがあるだけで、幸せの感じ方が違うんだと思いました。
 市民の皆さんから話を聞く機会が多いのですが、若者の話を聞いていると「どうせ自分の考えなんか…」と、自分の意見で社会を変えられると思ってないようなところがあるんです。残念に感じているので、そうではないんですよということを伝えるようにしています。例えば、最近では、公園でスケートボードをやりたいという子どもたちの話を聞きました。もちろん、公園にもルールがありますが、さまざまなことを調整すれば、一部をスケートボードができるスペースとして使えるようにする方法はあるはずです。しかし、実際には、(要望を伝えても)大人から怒られて、意見すら聞いてもらえないことも多く、話しても無駄だとあきらめてしまっているんです。その子どもたちと話したら、話を聞いてくれる大人がいるというだけで喜んでくれましたね。

あぶみ 意見を聞いてくれるだけでも、すごくうれしいことのはずですし、小さな成功体験だと思うんです。そういうことを積み重ねることは大事だと思います。ノルウェーで驚いたのは、オスロ近郊のまちづくりに、幼稚園や保育園の子どもたちまでもが参加してることです。パソコンで子どもたちに地図を見せながら、「あなたたちが普段歩いてるとき、どの場所を危ない、怖いと思っているのか、私たち大人に教えて」と聞くんです。大人の姿勢も、子どものころからまちづくりに参加できているのもすごい。ノルウェーの人々にとっては、これが当たり前なんですね。どのような活動の場でも、みんなが常に自分の意見を伝えています。黙って座っているのでは、意味がありません。何も変えられないし、社会に参加していないことになります。意見や考えを自由に言い合える環境になれば、それだけで地域の動きは大きく変わるんじゃないかなと思いますね。

武内 政治家や声の大きい大人が社会を動かしているのではないということを伝えたくて、10年以上前から、一人一人が持つ意見を自由に話し合える場を運営しています。「前向きな話をしよう」「ほかの人の話に耳を傾けよう」などのルールを決めて、あとは自由に話すことができる場です。このような場では、議論に慣れていない人でも、だんだん話すことができるようになっていくようです。地元では、自分の意見を話す場自体が少ないので場作りが大事なんですよ。

民主主義が大好きな北欧の人々~議論のテクニック

武内 先ほど、「(ノルウェーの皆さんは)自分と違う考えの人と意見を交わしたいという姿勢がある」と言われていましたが、どのような意味でしょう?

あぶみ 学校現場からしてそうですが、常に違う意見の人たちと話し合いをする環境づくりをしています。いろいろな意見があるからこそ民主主義だという認識が強いんです。だから、(政治では)大きな政党だけではなく、小さな政党や団体の人々の意見も必ず聞くんです。このような認識が、子どものときから教え込まれているようです。また、ノルウェーの人々は、自分たちで考えるようにしながらも、必ずしも正しい一つの答えを探そうとしてるわけではないんです。みんなの意見が違っていても構わなくて、むしろ、違う意見がたくさんあることが大切なんだと考えています。だから、発言を恐れないんです。
 北欧の人々は、民主主義という言葉が本当に大好きなんですよ。私は、ノルウェーで多くの取材分野に携わるのですが、ファッションショーでも音楽の現場でも、また、テーマが何であっても、聞いていないのに、みんなが民主主義のこと話し始めちゃうんですよ。当初は、その大切さに気づかなくて、記事に反映させなかったんです。何年か経って「民主主義について分かっていないと何も語れないくらい大事なんだ」ということに気が付きました。
 ところで、さまざまな団体の集会などを見て面白いと思うのは、議論するときのテクニックを学ぶプログラムがあるんです。例えば、ノルウェーで有名な、支配する側による「5つの抑圧テクニック」という議論の戦術があります。5つとは「無視する」「からかう」「情報を与えない」「2重の罪~何をやってもダメ、うまくいかない」「罪と恥の意識をあたえる」です。もし、議論相手の年上の大人から「あー、でも君は、まだ若いからね」というような抑圧のテクニックを使われた場合には、どのように切り返したらいいかを学ぶ場もあります。相手も抑圧的な応対をしていることに気付いていない場合もあるので、「今、自分は抑圧的に対応されているな」と気付くことも大切です。自信をなくすことを防ぐこともできます。

武内 「抑圧テクニック」のような技術が社会の共通言語になって文化になるぐらい、皆さんは議論の技術を身に付けているんですね。

あぶみ 議論には、ある程度のテクニックや練習も必要ですね。あと、皆さんに知ってもらえればと思うのは、北欧の人たちがよく使う「パーソナル(個人的に)に捉えない」という考え方です。議論で反対の意見を受けたとき「反対しているのは議論の内容であって、あなたと意見が違うからといって、あなたという人を否定しているわけではないんですよ」ということ。「パーソナルに捉え過ぎているんじゃないの?」というセリフは、議論の中で1時間に1回は誰かが言いますね。「自分の存在が否定されてる」「自分のやっていることが否定されてる」と捉えてしまうと、自信をなくして、メンタルヘルスも崩してしまいます。だから、議論などとは関係なく、生きていく上で必要なテクニックのように思いますね。このことを知っているだけでも、話し合いのしやすい社会を作れるのでは。

―― 武内さんはパーソナルを切り離して考えられるタイプですね

武内 そうですね、物事のゴールをどこに置くのかを考えるようにしています。何かを変えることによって社会が良くなるのであればと、私自身を実験台にしながら、議論の先のゴールを見るように社会のことを考えているのかもしれませんね。物事のスケールを大きく捉えることで、もめごとがなくなったり、私も同じゴールへ向けて考えているから、より良いゴールを一緒に目指しましょうと考えられます。そうすることで、仲間になれますしね。

あぶみ 普段から、私たちは友だちとしては仲良くできるけれど「政策の話をしたときに意見が違うことはあって当然なんだよ。だって、違う人間なんだから」と。みんながもっと意識して、パーソナルと切り離して考えることで、いい社会、まちづくりができるように思います。

報道と自分の意見と

―― (閲覧者の質問)民主主義によって成り立つコミュニケーションのイメージを、日々の生活で実践するには?

あぶみ もちろん、投票に行けるのであれば、次の選挙では、どの政党でもいいから投票する。勝ちそうな政党に投票するのではなく、自分の意見を代表している人を考えて投票すること。もちろん、投票に行くことだけが民主的というのではなくて、何か決定のテーブルに着いて、一緒に考えることも大切です。
 報道機関の役割も大きいと思います。北欧諸国の報道機関は、必ず、子どもや若者の意見を聞きます。「教えてください」という姿勢が日本と大きく違います。「スマホやSNSと共に生まれ育った世代ではない私たちは、十代の皆さんが抱えている問題が分からないから教えてください」という姿勢。報道機関は「教えてもらえないと、あなたたちのための政治が行えない」と考えているんです。
 日本の報道機関にも、若者の意見をいっぱい聞いてほしいと思いますね。マイクを向けるだけで人は変わるんです。報道機関は、マイクを向けた子どもの代わりになって、政治家や企業に「この子たちは今、こう言ってますけどどう思いますか」と、議論する場を紙面で作るなどしてもらえたらいいなと思います。

 日本の報道機関は中立性にこだわりますが、ノルウェーでは、メディアに中立性を求めていないんです。日本の皆さんから、あまりに中立性について聞かれることが多いものだから、ノルウェーの政治家や若者を集中的に取材したことがあります。皆さん口をそろえて「自分の意見をしっかり持っていれば(中立性への配慮などは)必要ない」と答えました。一つの報道記事に中立性を求めるのではなく、自分の目の前に材料をそろえる能力があればいいのです。学校の職員室などにも、左寄りで有名な新聞と右寄りで有名な新聞の両方がありますよ。

武内 (あぶみさんの話から)こういう社会があるんだと、自分の社会のことは自分たちで決められるんだという意識を持つことができそうですね。自分たちのこと決めるためには、いろいろな考えを知らないと決められないから、違う意見に触れて、情報を把握しながら、正しい方向に持っていくこと。子どもたちに投票権はないけれど、政治との距離を変えていく目標を設けることで、意識を変えていくこともできそうです。社会全体のことを考えるきっかけになりましたし、ノルウェーを参考にしながら、秋田がそのような地域のナンバーワンを目指してもいいと思いますね。

あぶみ 北欧諸国は人口規模が小さいからこそ、いろいろなことを決めやすい側面があると感じています。例えば、ノルウェーは、電気自動車の先進国としても有名です。自動車の多くが電気自動車なので、日本を含めて国外からの企業や自治体、政治家の視察が多いんです。日本やアメリカなど人口の多い国は、新しいことに取り組む場合に前例がほしかったり、成功事例を見たかったりするかと思います。失敗してしまったら大変ですから。そのまま全てを「北欧モデル」としてコピーする必要はないにしても、応用できそうなところを観察するのには便利かもしれませんね。

―― ありがとうございました。

※この記事は、2020年7月に行ったオンライン対談(秋田経済新聞文化センター)の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。

北欧に学ぶ「幸せな社会」の作り方~オンライン対談(AKITA45/YouTube)

「北欧の幸せな社会のつくり方~10代からの政治と選挙」(かもがわ出版)

Asaki Abumi(あぶみあさき)

武内伸文(たけうちのぶふみ)

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