2020年秋、政府が高額な治療費を伴う不妊治療の費用負担軽減策などを打ち出したことを受け、2017(平成29)年から不妊治療の支援に当たる秋田市のNPO法人「フォレシア」の取り組みが、県内外から注目を集めている。同NPO代表理事の佐藤高輝さんをゲストに迎え、秋田市でまちづくり活動に取り組む市民有志のグループ「AKITA45」(大町2)のメンバーで秋田市議会議員の武内伸文さんと、不妊治療に当たる夫婦の現状や地域が取り組むべき対策などについて、トークセッションを行った。
※この記事は、2020年12月に行った秋田経済新聞主催のオンライン対談(協力・AKITA45)の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。
NPO法人フォレシア(秋田市)代表理事の佐藤高輝さん
【プロフィール】
佐藤高輝さん(NPO法人フォレシア代表理事)
1985年、秋田市出身。高校卒業後、地元企業に就職。26歳で独立後、さまざまな事業をを経て、2017年に社会の問題を解決する事業型NPO法人「フォレシア」を設立。現在、自らの不妊治療の経験を元に「仕事と不妊治療の両立」を可能にする仕組みを整える事業に取り組む
武内伸文さん(社会起業家、秋田市議会議員)
1972年、秋田市出身。青山学院大学法学部卒、英国カーディフ大学大学院「都市・地域計画学部」修士課程。「組織・人の変革」を専門に外資系経営コンサルティング会社アクセンチュアなどを経て、2015年から秋田市議会議員。「次世代につながる地域づくり」をテーマに、広範な分野で社会活動に取り組む
武内 不妊治療の支援については、国も政策を加速させている分野ですね。
佐藤 昨年の9月・10月に検討されたことが、1月1日には助成金の拡充が始まりました。このスピード感は素晴らしいですし、不妊治療というキーワードが社会に広がっていること自体、ありがたいです。私自身も夫婦で不妊治療を受けた経験があるのですが、数年前までは、不妊治療に対する社会の認知は低いものでした。結果的に2人の子を体外受精で授かったのですが、治療期間は辛い日々でした。中でも大変だったのは、仕事の両立。両立できなければ、治療を受けられない状況だったんです。そこで、不妊治療と仕事の両立を軸にした支援ができないかと考えました。長女が生まれた4年ほど前「この子が大きくなる近い将来、不妊治療の支援が進んでいない社会のままだとすれば、それは私たちの責任だな」との思いもありました。これが、NPO法人を立ち上げて活動を始めたきっかけです。
武内 不妊治療のために仕事を休まなければならないこともあるかと思いますが、現状、職場ではなかなか言い出しづらいことかもしれませんね。福岡市では、不妊治療の環境づくりに取り組んでいるようです。自治体が率先することで、地元の民間企業なども見習いやすくなりそうです。政策一つで社会が大きく変わることは、国の取り組みから実感します。経済面の支援のみならず、職場や社会の理解などにつなげることが大切のようですね。
佐藤 国の政策では、当初は保険適用と助成金の拡充の話が先行しましたが、現在は、仕事との両立、不妊治療に当たる環境づくりについても動いてくれているので期待しています。秋田のような地方でも広く理解いただけるよう取り組んでいくことが、私たちの役割なのかなと考えています。例えば、お孫さんが不妊で困ってる人など、世代や性別に関係なく理解いただけるように。
武内 不妊治療を行っている人の6人に1人が離職してしまっているというのが現状だそうですね。また、経産省の職員を対象に行ったアンケートでは、3割もの人が不妊治療を受けた経験があって、検討中の人まで含めると4割に上ったことから省内でも驚いたそうです。
佐藤 不妊治療は表面化しづらい点で、育児や介護などと異なります。厚労省のアンケートによると、自分が不妊治療を行っていることについて、職場で話したことがない人は6割を超えているんです。不妊治療の支援は、表面化しづらい点からケアしていかなければと考えて、当NPOでは、大きく分けて3つの軸を持っています。まず、企業向けに不妊治療の研修。専門家と一緒に、不妊治療についての研修を会社の経営者や人事担当者を始め、社員の皆さんに伝える啓発活動です。2つ目は、会社ごとに契約し、LINEなどを使った相談窓口を設けています。契約いただいた会社の従業員は、 匿名で不妊治療の支援に関する相談ができる仕組みです。勤務先の人事部門や管理職などとは別に相談できる第三者の窓口として、キャリアコンサルタントや不妊症の看護師など専門家が相談に応じています。3つ目は、相談窓口を設けた会社向けの求人サイトを運営しています。今は限定公開ですが、一般公開も検討しています。
武内 秋田で特定の治療を受けている人は、どのくらいいらっしゃるのでしょう。
佐藤 秋田県に確認したところでは、県全体として年間で800組ぐらいだそうです。これは、特定不妊治療、体外受精の申請数なので、検査やタイミング(法)などまで含めるともっと多いのが現状です。
武内 地域によって治療環境は異なると思いますが、秋田ではいかがですか?
佐藤 東京は100施設以上あるのですが、秋田県内で助成金を受けられる不妊治療の専門病院は3施設しかありません。そのうちの2施設が、秋田市の広面エリアにあります。秋田県は広いですから、病院のない地域の皆さんは時間をかけて通わなければなりません。せめて、検査などは地元の病院で受けることができないのか、県に提案しています。他県では既に市町村間で連携できている例がありますので、秋田県も調査しているところです。これが実現すれば、例えば、毎週のように他の地域から秋田市の病院まで通院しなくても済みます。不妊治療の支援だけではなく、「不育」の観点も重要だと聞いています。
佐藤 着床、妊娠したとしても、流産死産を繰り返してしまう人も多くいらっしゃいます。そのような人への心の支援も大事ですね。
武内 助成金や保険の適用だけではなく、それ以前の治療体制づくりが必要なんですね。石川県かほく市では、不妊・不育治療支援事業に力を入れていますね。結果、出生数が増えただけではなく、そのまま市内にとどまる人も増えたそうです。さまざまな生き方がありますが、より多くの選択肢を用意して、選ぶことができる地域は魅力があります。
佐藤 そうですね。私も不妊治療を勧める立場ではなく、出産を望む人が納得した選択肢を取ることができるのかということを軸に置いて活動しています。現実には、不妊治療をしたとしても必ず子どもを授かるということではありませんので、納得して次の人生に向かうことができる環境があることが大切だと思っています。
武内 1人目ができても、2人目は事情が異なるという話も聞いています。
佐藤 私の場合、2人目も不妊治療、体外受精で授かっています。今の社会では、1人目に注目する不妊治療の情報は多いのですが、実は、2人目の不妊治療に悩まれてる人も多いんですよ。例えば、専業主婦が小さな子どもを家に置いて通院するのは難しいですが、子どもを連れて病院へ行くことも難しいんです。不妊に悩む皆さんの前に子どもを連れて行きにくいという事情があるからです。例えば、地域の保育園の協力を得ながら「預かり保育」のような仕組みを設けるなど、まちづくりの観点からも、地域で検討すべきことかと思います。やはり、地域全体で進めていくことが重要です。
武内 今回は不妊治療をトピックに話していますが、この課題は、まちづくりそのもののように感じられます。困ってる人々に対して、まちが、どれだけ優しく手を差し伸べられるのかの問題。この分野でも、秋田市は優しいまちでありたいですね。
佐藤 不妊治療は、当事者だけではなかなか解決できない問題です。社会にとって必要なことなんだということを、企業に理解していただき、会社の同僚の皆さんには「お互いさまだから」という精神で支え合っていただきたいのです。例えば、東京都などは、自治体として奨励金を用意するなどして、企業向けの研修を行っています。秋田市でも、より積極的なアクションが必要だと思います。あと、主に若者向け教育の場面になりますが、不妊治療に対する認識の不足から、その後の働き方、キャリアやライフプランとの関わりの知識も足りていないのが現状です。大学生や企業の新入社員に伝える場は、社会にとって必要です。早く知って、早く行動すること。これによって治療の成功率や期間も変わってきますので、企業にとってもメリットになるのです。私が携わった当事者のほとんどの皆さんからは「もっと早く知りたかった」という声を聞きます。
武内 国の政策が大きく動いたことで、「社会として考えていくことだ」という皆さんの意識が変わりつつあるように感じています。秋田には、この分野の第一人者である佐藤さんがいらっしゃいます。皆さんが一人で悩むことなく、地域で支え合える環境づくりに、私たちも一緒に取り組んでいきたいですね。
佐藤 不妊治療に保険適用となるのは、2年後になるかと思います。この機運を一時的なものに終わらせることなく、しっかり活動していきます。
―― ありがとうございました。