特集

Aging & Mixture #02 Shigeaki IWAI

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記事提供:秋田芸術新聞

30年に渡り「熟成古酒」の製造にこだわり続ける酒蔵「金紋秋田酒造」(秋田県大仙市)。「吟醸酒」が人気を集める近年の日本酒ブームにあって、長期間熟成させた原酒をブレンドするなどして作る熟成古酒は「異端」ともされる。金紋秋田酒造(以下、金紋)の佐々木孝社長(写真右)の異業種対談シリーズ2回目のゲストは、秋田公立美術大学大学院で「複合芸術」が専門の美術家・岩井成昭教授(以下、敬称略)。

固有と通有

佐々木 岩井さんが取り組まれている「複合芸術」とはどのようなものでしょう?

岩井 「複合」という言葉からは、複数のものを掛け合わせることを連想しがちですね。確かに「別々のものを合わせて新しい機能を作り出すこと」は目的の一つです。しかし、それ以上に大切なのは、一つの事象は複合的に組成されているという事実であり、「一つのテーマを『分析する』ことは、数々の視点を複合的に援用すること」なのだ、ということ。その考え方を基盤におく芸術活動です。言いかえれば、ものの見方そのものがテーマと言えるかもしれませんね。

佐々木 私は芸術に疎いのですが、一般的な考え方とは異なる深いレベルの何かが芸術の中にあるのではないかと想像しています。例えば、都市や人々が生きる空間など、機能的なスタイルとして今の形になっているものには、何か理由があるということでしょうか。

岩井 その理由は、まさに複合的に成立しているように思います。「形態は機能に従う」という考え方やアフォーダンスなどがデザインの概念を形成していく過程も関係してくるでしょう。例えば、「固有性」と「通有性」という言葉がありますが、物事の成り立ちや事象を分解してみると、そのものに固有で絶対に侵せないものと、ほかのものと取り替えが利くもの、取り替えることによって変化を起こすことができるものがあります。絵画や音楽、小説などには、それぞれに固有のフレームがありますが、ストーリーや世界観などは交換したり、入れ替えたりすることができますよね。ソフトとハードのような関係だとも言えます。それらの関係性を前提に分析していくことで、個の成り立ちや必然的な理由が見えてくるのではないかと考えています。

佐々木 「通有性」を掛け合わせることで、全く違う何かが見えてくることもありますか?

岩井 そのような場合もありますし、既に持っていたけれど気が付かなかった側面が見えてくるような場合もあります。それらを引き出すことが、新しさを生むことにつながるのかもしれません。

佐々木 あるものが本来的に持つ本質を見つけ、改めて評価したり、活用したりすることにつながるのですね。

岩井 そうだと思います。ここで、日常的な例を一つあげたいと思います。現在、さまざまな場所で異文化が交ざり合う現象が起きていますが、文化的な融合で最初に見えてくるものの一つに「食の変化」があります。レストランで提供されるようなメニューになる前に、家庭の中で起こることが面白いのです。かつて、私が欧州で生活していたとき、無性に「イカの塩辛」のお茶漬けを食べたくなったことがあります。米と緑茶は現地で手に入ったのですが、どうしてもイカの塩辛が手に入らない。そこで、閃いたのです。アンチョビの油をティシューで抜いて、少しほぐしたものをご飯にのせて、緑茶をかけてみました。これが、目を閉じれば見事に「イカの塩辛」のお茶漬けなんです。料亭で出てくるような(笑)。「そんなものが複合なのか?」とお叱りを受けるかもしれませんが、この場合、塩辛とアンチョビは同じ発酵食なわけですから、通常のカテゴライズでは気付きにくい通有性の活用例となるわけです(笑)。

この経験から、日本で暮らす外国人の間でも、似たようなことが起きているのではないかと調査したことがあります。例えば、日本で暮らすバングラデシュ人の話ですが、同国では現地で獲れる小骨の多い白身魚「プティ」を使ったカレーがあります。小骨がのどに引っ掛かる感じを再現しなければ、料理として完成しないのだそうです。ところが、日本ではそのような魚がなかなか見つからない。いくつもの魚を試す中で、ついに見つけたのが、ごく小さなサイズの「アジ」だったそうです。私にとってこれらのケースは、ある味覚のイメージが空間的な移動を経て、全く別の環境に着地する創造的な行為です。これは、味覚を介した文化や環境の複合的な現象であると思います。

佐々木 コミュニケーションのツールとしても、「食」は共感を得やすいものの一つですね。ところで、私は30年ほど前、熟成古酒にインスピレーションを受けたことから製造に本腰を入れ始めたのですが、岩井さんは、直感のような感覚をどのように扱っているのでしょう。

岩井 直感は大切ですね。私たちが取り組んでいる分野は、経済システムやイデオロギー、あるいは俗的な社会通念から、できるだけ離れた地点における発想が重要だと思います。最初の最初はゼロ。直感で突き動かされないと何も始められません。私の仕事の例で言えば、いろいろな土地やコミュニティーに入り、歴史や環境、人々の暮らしなどから興味深いと感じるテーマを探し出しますが、この際にも、まずは直感に頼るしかありません。この直感は活動を進める動機や原動力になります。しかし、やがて制作のプロセス上で、直感に理由をつけていく段階があります。私の場合、出来の良いと思えるプロジェクトや作品は、その直感が結果的に強度のあるコンセプトを呼び寄せることができた例です。私の取り組みは、絵を描いたり、彫刻を作ったり、写真を撮ったりするという素材が固定された制作活動とは異なり、テーマによって制作のスタイルも変わってきます。テーマに相応しい手法や素材は、後から考えていくことが多いのですが、その選択にも直感が関わるといえますね。

佐々木 日常というか、生活に近いという意味でリアルな取り組みなのですね。私も最初は直感で始めて、取り組みながらコンセプトを固めていったようなところがあります。それにしても、なぜそのような創作活動を?

岩井 日常的であり、誰もが知っているものから、別の価値や意味を引き出したいからです。ここでも、複合的な視点が活かされるはずです。実は私、学生時代は油画科に在籍していました。今でも絵を描くことは大好きですが、やはり、油画はヨーロッパの文化なんですね。元来、絵具などはヨーロッパ近辺で採取される顔料を使っていましたし、発色や乾燥条件などから導き出された技法も含めて、もともと当地の気候風土の中で最も効果を発揮する画材です。それをそのまま、高温多湿で、人々は畳の部屋に暮らす日本に適応させることの必然性について疑問を持ったことがありました。それでは、日本画ならばどうかというと、これもまた明治以降に編さんされたジャンルで、本当の意味でオリジナルではないことに抵抗を感じたのです。佐々木さんも素材に対するこだわりなどはありませんか?

佐々木 原料という意味での素材よりも、米が持つ本来の力や日本酒のみが醸すことのできる「旨み」についてのこだわりの方が強いですね。私の父は、日本酒の世界の中心に吟醸酒を据えることへの疑問を抱いており、その考え方に私も共感してきました。というのは、主に香りを楽しむ吟醸酒は、食中酒になり難い側面があります。そのため、吟醸酒を中心に考えることは、広く庶民に親しまれてきた食中酒としての日本酒の文化の否定につながりかねないからです。そもそも旨み成分のアミノ酸の含有量は、酒類の中でも日本酒が突出しています。日本酒の本質が旨みだとすれば、旨みを中心にした日本酒のイメージをもう一度、世に問い直したいのです。

岩井 なるほど、お酒そのものを純粋に楽しむだけでなく、食事との調和も大切にされているのですね?

佐々木 この点、ワインは高級銘柄から普及銘柄まで、食中酒として芯が通っているように感じますね。現在、当社は食中酒の頂点としての高級銘柄に力を入れています。これは、高級酒として認知を確立することを通じて普及価格帯のラインアップも展開しやすくするためです。当社が1976(昭和51)年に仕込んだ熟成古酒が、2018年11月にイギリスのオークションに出品されたのですが、2,200ポンド(約32万円)で落札されました。このとき、普及価格帯の製品も完売しました。まずは世に知らしめなければ、ないも同じものになってしまいますからね。

価値と評価

岩井 熟成古酒に合わせる料理も多く提案されているそうですね。

佐々木 意外に思われるかもしれませんが、ご飯によく合うんですよ。カレーライスにもよく合います。熟成古酒が米をおいしくするからです。最近では少なくなりましたが、焼き肉を食べながら熱燗を飲むことも、かつては普通のことでした。米と肉ですから、言わば「焼き肉定食」のようなものなんです(笑)。

岩井 口の中に含んだときに全く別の味になったり、経験になったり…マジックが生まれる。まさに複合的ですね。焼き肉と熱燗とは驚きましたが、私はラム肉が好きなので試してみたいですね。

佐々木 米を発酵させて作る日本酒には、本来、そのようなマジックの力が備わっていると思います。

岩井 何かの料理を見たとき、すぐに連想できるようなお酒になると良いかもしれませんね。例えば、ピータンには紹興酒、ギョーザにはビールのような…。ただ、イメージが一つに限定されるのも良くないのかな?

佐々木 日本酒には鍋料理や刺し身、焼き鳥などという固定されたイメージが強いですが、和食のみならず洋食にも合わせてもらいたいのです。熟成古酒がそのような酒になれるのかどうか、また、仕掛けることでできることなのかどうかは分かりませんが、さまざまな料理で試してもらいたいのです。当社の熟成古酒は、フランスのミシュラン三ツ星レストラン数店で提供いただいていますが、フランスの代表的な家庭料理にジャガイモをペースト状、ムース状にしたメニューがあります。故ジョエル・ロブション氏がフランス料理の巨匠と称されたのは、このメニューが素晴らしかったことも理由の一つです。そして、当社の熟成古酒が高い評価をいただいたのも、このメニューに非常によく合ったことがあります。

ところで、ロンドンで開かれる「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」という世界的な酒類品評会があります。2009年、「日本酒部門」に初めて出品したところ、純米酒や大吟醸酒などの「日本酒」を抑えて、当社の熟成古酒が最高賞を受賞しました。秋田県内には名だたる酒蔵が多くありますので、この受賞を契機に、当社は海外展開に力を入れてきた経緯があります。もっとも、賞を受賞したから広く売れるという単純なことでもないのは難しいところです。

岩井 その点、アートの世界も同じです。名だたる賞を受賞したとしても、受け入れられないことは多々あるようです。これは、評価を与える側と、鑑賞者として受けとめる側の価値基準が、乖離(かいり)しているからだと思います。また、「現代アート」について言えば、制作した作家の社会的、文化的背景などを共有できないと鑑賞しづらくなってきているのです。特に海外のアーティストは社会の変化にとても敏感で、個人の判断を信じ、世の有様に疑問を持つところから始まります。周囲の空気を読んで同調するのを良しとする、只今の国内事情とは大きな差があります。それは「食」のビジョンに関しても同様ではないでしょうか?日本では、何かの記事で見たというようなレベルだけで、自分の判断基準を決めてしまう傾向も感じることがあります。

佐々木 海外の皆さんには、「食」について深い考えを持っている人が多いですね。そのような皆さんに接していると、「日本はこれでいいだろうか?」と思うことが多々あります。私たちの回りには、さまざまな垣根があって、価値観も収縮しているように見受けられることもあります。日本酒は本来、もっと自由であるべきものです。熟成古酒が日本酒の固定観念の枠を外して、業界全体に対していい影響を与えられるんだということを伝えていきたいですね。

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制作・記事提供:秋田芸術新聞

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