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アートマネジメントとローカルメディア~「AKIBI plus」

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 地域との関わりが深い芸術分野などで「アートマネジメントができる人材の育成」や「ローカルメディアとの協働」などを目的に、秋田公立美術大学(秋田市新屋大川町)の岩井成昭教授のグループが2015年から展開する受講者公募型事業「AKIBI plus(アキビプラス)」。2016年度は、「秋田市」「男鹿市」「五城目町」「仙北市角館」の県内4市町を「芸術価値創造拠点」に設定し、拠点ごとに「地域アドバイザー」として企画運営に携わる美術家らと同大教員が連携して行った。  同大で2月11日に開催予定の報告会に先立ち、秋田市で滞在型制作に取り組む美術家をマネジメントした慶野結香さん、男鹿市の地域特性を生かした事業に取り組んだカフェ経営の猿田真さん、仙北市角館でワークショップなどを展開した彫刻家の佐藤励さん、五城目町で「地域おこし」活動に取り組む柳澤龍さんの4人を招いた座談会を開いた。聞き手は、千葉尚志編集長と同事務局の石川真由子さんが務めた。

秋田・男鹿~アーティスト・イン・レジデンス

-この事業における「アート」の定義は広いようですね

慶野「『AKIBI plus』全体を俯瞰(ふかん)してみると、リサーチした結果を作品や展覧会などの形にアウトプットすることも、また、生活文化を探究することも『アート』。そもそも、アートを狭く定義することはせずに、それぞれの事業で自由に定義できるよう広く捉えました」

柳澤「『なまはげ』の面などは、東京に持っていけば『アート』になりますが、男鹿にある限りは『道具』ですね。私が携わった五城目町のプロジェクトでは、あえてアートという言葉を使わないようにしました。言葉で惑わされることのないように」

-秋田と男鹿では、「アーティスト・イン・レジデンス」の手法を取り入れました

慶野「『アーティスト・イン・レジデンス(滞在型制作)』は、アーティストに作品制作や発表の場を提供するものです。もともとは日常と異なる環境で、その土地の刺激を受けながら作品を制作するものでした。そのため、都市部から離れた地方で行われることが多くあります。特に国内では、『まちづくり』と結び付いて取り入れられることも多く、最近ではいわゆる『地域アート』のような芸術祭のための活動につながることも多いようです。秋田では、美術家の岩井優(まさる)さんを2年に渡り招へいしました。『習慣を通して、社会課題や日々の暮らしを再考する』という視点から、学生や市民が岩井さんに対して意見を出しながら、制作から展覧会に至るまでのプロセスを体験できる場として展開しました。私は首都圏出身ですが、地域の皆さんと協働することに重点を置き、アーティストや企画者のDNAを地域に残したいとの思いで取り組みました。短期間で仕組みを残すことは難しいけれど、思想を残すことができればとの思いを持って」

-男鹿では「空き家」がテーマになっていたようですが

猿田「男鹿市の人口は3万人を下回り、空き家が増加しています。また、子どもが減ったことから、観光向けではなく、行事としての『なままげ』は衰退しています。私も携わっている行事ですが、年々、なまはげを家に入れてくれる家庭が少なくなくなっています。『そもそも、なまはげ行事を続ける理由が私の中にあるのだろうか』と自問したことがありますが、やはり続けたいのです。行事は生活の一部ですし、何より純粋に楽しいからです。行事がなくなると、ほかの地域と変わらないアイデンティティーになってしまいます。私にとっては『心の故郷(ふるさと)』なんだと気が付きました。そして、行事を残していくためには、人が住んでいなければなりません。なまはげは、人と地域を結びつけるものなのかもしれないと」

-そこで空き家の活用につながったのですね

猿田「一般に工芸家などは、地域の活動に高い関心を寄せる傾向があるようです。そうであれば、実際に滞在してもらえないだろうかと、同大学の先生に相談したことがきっかけです。2015年、男鹿の現状を知ってもらおうと、地元住民の協力を得て何軒かの空き家の中を見せてもらう『空き家ツアー』や、地元の古い文化に触れる機会を作るフィールドワークなどを行いました。もっとも、空き家を簡単に貸してもらうことまではできません。やはり、地域外の人がコミュニティーに入ることに対する不安は、地元の皆さんには当然にあります。地域で暮らすためには住民との交流が大切です。昨年は、次の段階の準備として、『ショートレジデンス(短期滞在)』を企画しました。学生や一般参加者10人ほどが、フィールドワークから感じたイラストや写真、文章など10作品を制作しました」

-手ごたえはありましたか

猿田「地域の経済が縮小していく中で、音楽フェスティバルやスポーツイベントなどは盛んに行われています。このことからは、むしろ、かつての『祭り』が盛んに行われた状況に近付いてきているのではないかと感じることがあります。これをチャンスと捉えることもできます。どういう形で『心の故郷』を残していけるかについて考えています。今年は、『アーティスト・イン・レジデンス』などにつなげながら、そこから生まれる作品から物語を作れないかと考えています。男鹿でやりたいと数年前から考えていたことが、県外で先んじられる様子を見ることがあります。それは悔しいことだけれど、私もできる限りのことをやっていければ。一過性に終わらせるのではなく、継続することが大事なはずですから」

角館・むじんこ~ローカルメディア

-角館ではワークショップなどを多く開いたようですね

佐藤「角館では、昨年6月から2月まで20回ほどの視察・研修やワークショップなどに取り組んできました。角館は『みちのくの小京都』と称されますが、地元にあるのはそれだけではないはずです。まずは、県外のいいところを見ることで地元の再発見につなげようと、20~30代半ばまでの受講者をキーマンに据え、青森や京都などを視察することから始めました。視察を終えて地元に戻ると、夜のまちなかを歩く人がほとんどいない『夜がさみしい』と皆が口をそろえます。角館もサクラの名所ですが、弘前にはより規模の大きな名所があり、十和田には全国的に有名な現代美術館がある。そこで、『どうしたら若い世代が夜に動くようなシステムを作ることができるのか』『若い世代は何が好きなのか』などについてディスカッションを繰り返す中、地元の高齢世代に今も残る援助交際のシステム『無尽講』がアイデアとして提案されました。地元では『むじんこ』『むんじんこ』などと発音されるのですが、月に1回集まる会合があります。現在では多くの若い世代は参加していませんが、目的を共有する場になっているのです。そこで、『むじんこ』を題材に大人のサークルとして組み立てられないかと考えました。ルールも自由に決めることができます」

-一般のコミュニティーとの違いは?

佐藤「地域における取り組みは、特定の人の負担ばかりが大きくなりがちで、ついには疲れ果ててしまうことがあります。また、『金の切れ目が縁の切れ目』ではないですが、補助金などが出なければ終わってしまうことも少なくありません。これに対して、『むじんこ』は、いわば『クラウドファンディング』として捉えることもできるのではないでしょうか。例えば、アーティストが10人参加して、月に1人が集められた資金を使って画廊を借りるようなイメージ。アートに限ることではないですが、まずは、私たち自身が楽しめることをキーワードに、『むじんこ』と題した小冊子を作成しました。常連にしか分からない飲食店の料理など地元の住民ならではの情報はまだまだあります。小冊子の『夜』版の作成なども検討しています」

-事業テーマの一つの「ローカルメディア」にもつながりますね

佐藤「地域の知り合いの間でも、取り組みに対する関心の高さや協力の程度には温度差はあります。特にアートの分野は関心のある人が少ないため、アートではない別の角度から進められないかと考えています。さまざまな課題もあって、思うようにいかないこともありますが、この事業の成果を披露して終わりというのでは意味がないのではないかと。私は、『生きることの宿命』について考えることがあります。『なぜこの地域でなければならないのか』。これまでは『宿命』と考えてきたのですが、最近、私の中では『生き様』という言葉に置き変わってきています。親の跡を継ぐというだけではなく、『ここに住むことで何ができるのか』を問う意味で」

石川「2014年に秋田市内で実施されたアート事業の一環で、東京のアート団体が『宿命の交わるところ』と題した作品を制作しました。その団体が秋田をリサーチした際、秋田には宿命を負っている人が多いと感じたそうです。物事を『綱引き』で決めてしまうような軽やかさがある半面、まじめな県民性からか、何ごとにつけ負い過ぎてしまうきらいもありそうですね」

佐藤「秋田は全国的に見ても無形文化財や神事などが特に多いですね。脈々と付け継がれてきた心の問題もあるかもしれません。地元の食べ物や美しい四季の景色などを、純粋に楽しむことを忘れているのではないかと感じることがあります」

五城目・地域おこし~アートマネジメント

-五城目町の取り組みについて教えてください

柳澤「私は『地域おこし』を目的に2014年、五城目町に移住しました。これまでに、古民家を活用した『シェアビレッジ』プロジェクトや農家民宿の立ち上げなどに取り組んできました。当町は端から端まで30キロほど離れているため、町民が互いに認識する機会がほとんどありません。学校なども統廃合を繰り返したことから、町民が地域への愛着や一体感を感じられなくなりつつあるのが現状です。しかし、どこの地域にも面白いものがあるように、当町にも面白いものがたくさんあります。それらについて、よそ者のとがった視点から解説することで、全国的にも珍しいものであることが分かってきます。当事業では、中世から続く朝市と地政学、食文化などを題材に、レクチャーやワークショップなどを開きました」

-歴史ある小さな町で取り組むことの難しさはありませんか?

柳澤「想像したよりも楽しかったですね。同大学も熱く関わってくれましたし、町に残ると言ってくれた学生参加者も現れました。ただ、補助金を使う場合でも、事業の内容自体は行政の色に染まらないよう進めるスタンスを崩さないよう気を付けています。『地域おこし』とは、一人一人のクリエイティビティーが自由に発揮できる地域になることだと考えています。『こういう町にしよう』などということは一切考えていません。さまざまな人が色々な表現をできる地域になるための土壌を作り、提案していくのが私の役割だと考えています。あとは、誰かが目立ち過ぎると事業がうまく回らなくなる傾向はあるかもしれません」

佐藤「地域特有の風土や事情がありますからね。誰かがあまり前に出てしまうのではなく、自然であることが大切」

柳澤「そこで、色々なことが同時に起きればいいのではないかと。つまり、さまざまな人がワチャワチャと何かをやっているような状況ができれば、一つ一つの事業は目立たなくなります(笑)。地域の皆さんの話をよく聞き、私たちが盾になりながら取り組んでいます。大学や文化施設などによる人材の育成プログラムは、トップダウンのアプローチですが、私たちがやっていることは、地域で芽生えていることを専門家と共同しながら形にしていく、ボトムアップのアプローチによるマネジメントと言えるかもしれません」

石川「五城目と男鹿は人口に対してプレーヤーが多いように見受けられます」

柳澤「活動を応援してくれる仲間を増やしてきましたが、これからは問題をシビアに検討していく必要もあると思います。本当にニーズがあるのか、収益を生むことができるのか、若手を育成する仕組みをどのように回していくことができるのか…」

猿田「600年前の記録が残るほど歴史ある男鹿温泉郷でも、冬場は閑散期です。そこで、当事業で制作した作品を温泉施設の館内通路に展示しました。温泉やカフェだけだと利用客を呼びにくいですが、見たり買ったりするものがあれば、利用に広がりを持つことができます。温泉は黙っていても沸くものですから、設備や維持管理費のことを考えると活用した方がいいと思います。温泉施設でイベントを開くときなどには、館内が騒がしくならないよう気を使うのですが、それでも音がもれてしまうことがある。施設の経営者から怒られるかなと思ったところ、『楽しかったので、これからも使っていいよ』と喜ばれたことも(笑)」

佐藤「地域の協力者の気持ちが少しずつ変わっていく様子が面白いですね」

柳澤「猿田さんの取り組みは本来、お金をもらうべきですよ。私もまだできていないのですが、そこまで達すれば本当に大きな一歩になるのでは。商品の販促やイベントの開催などの活動は奉仕ではない。『まちおこしだから』『体力がないから』というのは言い訳で、『やる気』の問題のはずです。『やりがいの搾取』にあってはいけない(笑)。仕事の一部にしていくという覚悟が必要になりますね」

-アグレッシブに地域と関わっているように見える柳澤さんですが、例えば、角館でも同じことができるでしょうか

佐藤「角館に突然現れたら難しいかもしれませんが(笑)、何らかのクッションがあればと思います。間に入る人の役割が大切になりますね」

慶野「秋田市内の中心部は状況が少し違うかもしれませんが、市内でも新屋エリアには、色々な分野のエキスパートがいます。また、その方とつないでくれる人の存在も重要でした。新屋に限らずですが、県外出身者の目からは、狭い地域ならではの人のつながりが面白いと感じています」

石川「地域との関わり方の内容や程度について、マネジメントができる人材の存在が重要ということですね。この点、アーティスト自身はあまり深く考えないことが多いように思いますが、それがかえって面白い結果を生むこともあるようです。小さなことでも地域に免疫を与えていくことで、次に何かを行うときのハードルは低くなるはず。地域住民に事業内容をプレゼンするプロセスを理解することは、アートマネジメントに限らず、一般に広く仕事に役立つことがありそうですね」

-ありがとうございました

秋田経済新聞

 

【AKIBI plus 2016/最終報告会】

~芸術価値創造拠点のネットワーク活用法とは?~

【日時】2017年2月11日 14時~16時
【会場】秋田公立美術大学 社会貢献センター アトリエももさだ
【住所】秋田市新屋大川町12-3(地図)
【入場】無料

AKIBI plus(秋田公立美術大学)

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