特集

「辺境芸術」編集会議(2/2)/AKIBI plus 2017

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アキビプラストーク#1 第2部「辺境についてあなたの知っている2、3の事柄」

 イベント後半は、秋田公立美術大学の岩井成昭教授が、「辺境芸術」の定義などを解説。書籍「辺境芸術最前線 生き残るためのアートマネジメント」(秋田公立美術大学、2017年発行)の寄稿文などを引用しながら、「辺境におけるアートプロジェクトの功罪」などを題材に、秋田経済新聞の千葉尚志編集長や登壇者、会場の参加者も交えたトークセッションが繰り広げられた。秋田市の事業紹介も行った(文中の引用も同書。引用は原文ママ。敬称略)。

岩井成昭、秋田経済新聞岩井「皆さんのご協力で、当プロジェクトも3年目を迎えることができました。1年目のリサーチでは、全国のアートマネジャーの現状を知ることができましたし、また、ユニークな試みとして『道徳と芸術』もテーマに取り組んできました。活動を通じて、問題点や課題も顕在化してきました。これらの成果を書籍にまとめたものが『辺境芸術最前線 生き残るためのアートマネジメント』です。アートマネジメントや一般的なアートのキーワード、当プロジェクトのキーワード、秋田独特の考え方などもまとめているので参考にしていただきたいです。

辺境芸術最前線、秋田経済新聞 本書には、非常にユニークな皆さんに寄稿いただきたました。昨年度の報告会で、各拠点のリーダーや千葉さんと話をしたのですが、そこで問題になったトピックが解決せずにフェードアウトしているので、今日は、そこから始めたいと思います。私たちは今回、『辺境芸術』をテーマとして導き出したわけですが、まずは、仮に定義しています。

引用-歴史的に蓄積された文化資源の活用と、課題先進地域という逆境を糧に、外部者のアイデアを吸収しつつも、基本的に地域内部の企画者・表現者・受容者によって形成される、中央集権的価値観へのカウンターとして機能する芸術を『辺境芸術』としよう(岩井成昭、21ページ)。

 私が気が付いたのは、『辺境』という考え方の中にネガティブな意味合いが含まれていないということです。『ローカル』や『地域』とは異なる、特殊性や地域性のようなものが、『辺境にしかない価値観』として優位性に転じていくのではないかとの文脈で語っていこうということです。寄稿の中から、辺境における文化事業の展開として核になってくる大事な部分ですが、沖縄県立芸術大学准教授で美術批評家の土屋誠一さんと、千葉さんの寄稿の兼ね合いや関係性から、辺境におけるアートプロジェクトの功罪のようなことも含めて考えてみたいと思います。土屋さんはアーティストではありませんが、沖縄でアートプロジェクトを進めようとしているところ、外部の人であるがゆえのさまざまな困難が待ち受けています。だけど、そこでプロジェクトを起こしたい。そこで考えていく問題として、コミュニケーションの問題を取り上げています。

引用-コミュニケーションコストが相対的に下がり、コミュニケーションの様態それ自体が複雑化、あるいは変化した今日において、クリエイティヴな作業をやるためには、あえてコミュニケーションコストを上げるしかない。なぜなら、相対的にではあれ、実情としては絶対的に、芸術にコミットする人材が、都市部とは異なりごく少数の人数でどうにかしなければならない以上、共同体内部の内圧を上げるしかない(土屋誠一、80ページ)。

引用-自分が住んでいる土地で、何かクリエイティヴなことを発生させるためには、勿論自分自身がその土地の『異物』であることを自覚し、触媒とならなければいけない。首都圏に住んでいたころは、批評家として大上段に構えていても、それはそれで、そういうパーソナリティの持ち主として許されてたように思うが、地方で同じことをやったら、相手はそんな偉そうな輩は、ノーサンキューということになるのは目に見えている。かといって、『余所者でござんす』と卑屈になっていては、状況は何も変わらないし、最悪の場合、『卑屈なふりをして、美味しいところだけを掠め取る気なんじゃないか?』(実際にそういう輩が存在するから困るのだが)と疑惑を持たれるだろう。なので、中央突破しかないのだ。私はあなた方のことがわからない。と同時に、あなた方も私のことはわからないだろう。同じ文化圏で生きてきたわけではないので、それは当然だ。しかし、現状は不毛すぎると思っているのは、私もあなたも同様だ。そして、我々は芸術をやりたいし、それをしっかり根付かせたい。だから一緒に共闘しよう、となる(土屋誠一、79ページ)。

引用-地方で文化を生産する、あるいは地方に先鋭的な文化を根付かせるためには、とにかく時間がかかるのだ。経験的に言えることは、焦ってはいけないし、手を抜いてはいけないし、着実にひとつひとつの仕事を積み上げていくしかない。(中略)しかし、本音を言えばこのような理屈は、全部とはいわずとも、半分以上は根拠のない理由(つまり虚飾だ)でしかなく、端的に言うと、自分が今いる土地に恋したとしか言いようがない(土屋誠一、83ページ)。

 これが土屋さんの現状と、自身の思いであるわけです。ウェブサイトを編集している千葉さんは、アートの話題もたくさん扱っています。取材で出会ったアーティストとの経験から、このように書かれています。

引用-得てしてアーティストは、作品の評価を観覧者や地域住民など外部に委ねる傾向が強いように見受けられる。これはアーティストとして当たり前のことのようにも思え、また、潔い態度のようにすら見えるが、これほど性質の悪い姿勢で地域と関わろうとする者は、社会には少ない。アーティスト以外には一部公共事業周辺ぐらいのものだ。私は仕事柄、アーティストの経歴を見ることが多い。そこに『出身地』は記載されているものの、『居住地』については触れられていないことがほとんどだ。つまり、一般にアーティストにとって住民登録がどこにあるのかの重要性は低いし、その意識も希薄だ(千葉尚志、85ページ)。

 さらに、地域のプロジェクトで責任の所在がはっきりしない中で、プロジェクトを進めてきたアーティストに対する千葉さんのご意見です。

引用-結果に対する責任を持たないアプローチがなされた場合、『田んぼを食い荒らして通り過ぎていくイナゴの群れ』のごとき状況以外、何も残すことはない。つまり、アートという取り組みの『作為』が大きいわりに、アーティストの結果に対する『責任』が軽過ぎるように思えるのだ。アーティストは、『本当に地域に必要とされる取り組みなのか』との自問と、それに対する答えの熟慮がなされないままに『地域』と関わるべきではない(千葉尚志、86ページ)。

引用-『負う責任』の観点からは短期滞在との差は大きい。『住民』とは、作為の結果に対して責任を負うことはもちろん、居住するだけで有形無形の責任を負う者だ(千葉尚志、87ページ)。

 文化事業を観察してきた千葉さんの立場から、アーティストや地域プロジェクトのイメージをこのように捉えていました。アーティストではないが、沖縄という地域で、アートプロジェクトを行おうとしている土屋さんの心づもりとして、地域に滞在して費やす時間が非常に大事だと言っています。もう一つ、その地域に対する説明できない気持ち、土屋さんの場合は、恋愛にも似た感情だとしています。この点を私は、すごく面白いと思っているのですが、千葉さんがアーティストを見る視線と、見られている側に近い土屋さんが自分の決意を述べていることの対比。2人が全く別のコンセプトで書いた文章にも関わらず、非常に面白いコントラストになって見えてきます。これは、地域プロジェクトをやっていく上で重要な問題だと思います。これまでは、地域のアートというのは、外部の人が外部のアーティストを集めて、そこの土地になかったような発見をしてもらいながら展開していく、ということが多かったように思います。ですが、今後のアートプロジェクトは、少し変容していく必要があるのではないか。全国的に少しずつそのような機運になっているようですが、新しいものをそこに付加したり、新しい事業をそこで始めたりするというよりも、むしろ、地域にあるものをもう1回見直して、それを編纂(へんさん)し直していくことが、より地域にプラスになるという考え方です。それがこれから起きていくのではないかと思いますし、当プロジェクトもそのようになっていければと思います。

 そこで、『地域への愛』ですね。土屋さんの『恋愛の感情』とする思いが、柳澤さんにもあるのではないでしょうか。なぜ町に思い入れがあるかを聞いたことがあるのですが、何か恋をしちゃったとしか言いようがないとお聞きしたと思います」

柳澤「なぜ移住したのかとはよく聞かれます。なんでもない町に、と。それにどう答えるのかは悩ましいです。友人とご縁があったり、田舎に興味があったり…。私には妻がいますが、なぜ妻と結婚したのかという質問に近い。根拠がないのです。なぜかと聞かれると恥ずかしいし、答えづらいのと似ています」

岩井「根拠がないとしても、何らかのトリガーはあったのでは。地域との出会いを本物にしていくかどうかが重要で、地域の人と一緒にやっていけるのかどうかということが決まっていきます」

千葉「五城目になんらかの刺激を受けたのではないでしょうか。結婚以上に移住はハードルが高いように思うのですが。アーティストは移動すること自体に意味があると思いますが、柳澤さんはそういうわけではないですよね」

柳澤「後付けかもしれないですが、私は元東京都民で、秋田に知り合いはいませんでした。人生のチャレンジとして、新しいことをやりたいという仲間がいて、その人と一緒に仕事をしてみたいという思いがあった。町に出かけたとき、若い人や林業の人と飲んだりする中で、気のいい人が多いし、彼らと一緒に暮らしたいと考えるようになりました。大都市から過疎地に人を送り込む『地域おこし協力隊』は、若い人に人気があります。いろいろな地域で募集している中で、地域をどう考えるか。論理的に考えることはできますが、アクセスがいいとか給与水準がいいとかを考えると田舎は誰も選ばない。素直に行きたいと思ったからなのです。『ちょっと行きたいと思ったんだ』という直感で。当町には、大阪からの移住者もいますが、町に来て3時間で『この町に決めた』で移住しました。人間とはそんなものなのでは」

岩井「男鹿と横手では、地元の人が当プロジェクトを進めるわけですが、プロジェクトを進めたり、実のある活動をしたりするためには、外部の空気と内側の空気がいい形でバランスよく作用することが大事だと思います。具体的なフォーマットが決まっているものではなく、それぞれの出会いもあるだろうと思います。私も外部の人間として大学に赴任しました。半分は秋田を選んだと言えます。その中から地域の人と関係性を作ってきたわけですが、秋田は、そういうことがやりやすい場所でしょうか?」

永沢「やりやすいのかどうかを私もチャレンジする側です。進学で横手を離れていましたが、たった4年間で変わっていたことも多いです。これから、どのように人と結び付くことができるのか…。でも、田舎特有の意外と近い関係性が築けたり、世間の狭さからネズミ算式のように人とつながったりします。親しみやすいところかなと思っています」

岩井「外部と内部という短絡的な分け方をしてはいけなかったかもしれません。内部の人でも、新鮮な気持ちを持って新たに関わる視点を持って進めていきたいですね」

猿田「私は9年間、地元を離れていましたので、浦島太郎のようでした。結論から言えば、地域の人と関係性を作ることはやりやすいです。慣れ親しんだ土地です。再発見もあり、ひさしぶりに出会うものを新鮮に感じます。東京で得たものや経験したことは、そのままでは通じませんが、どうにかして地元に根付かせたいとの思いが帰郷時にはありました。東京ではなかなかできなかったですが、男鹿に戻ってきてからは人とつながりやすかった。東京に住んでいた頃、海外に行きたいと思っていたこともありましたが、戻ってきたら、自分が住みたい外国は地元だったという感覚もありました」

岩井「一度外に出て、状況を見て、相対的・客観的に秋田を見ることができたのが、その後の展開につながってるような気がしますね。秋田でアクティブに活動している人は、一度外に出ている人が多いようにも思います。例えば、千葉さんの言及を読んでもらいたいのですが、これから新たに外部から招へいするアーティストがいたとして、これを読ませたら来なくなっちゃうかもしれないですね(笑)。こういう目で見られたらたまらないと思う人も、それでも来たいと思うアーティストもいるかもしれない。そういうことの基準になるかもしれないと思っています。個人的な意見ですが、わりと秋田の人たちは、そういう批評的な視点で語ってくれないように思います。すごくウェルカムな感じはするのですが、本質的にはどうなのか分かりにくいところもあります。どのようにアクセスしていいのか…。千葉さんのようにガツンと言ってもらえると、外部からいろいろなことを考えてアクセスする人が現れるかもしれませんね」

千葉尚志、秋田経済新聞千葉「批評の視点…これを読んで秋田に来たくないというアーティストは作家なんかやめてしまえとも思いますが。今年は、私自身も評価の対象、批評にさらされるわけです。でも、私を面と向かって批評する人はいないでしょう。でも、本音は分かりませんよね。『つまらないことやっている』と思われるかもしれない。そう思われないように、どうすれば価値あるものを作れるかを考えながらやらなければならない。『(アート)評価基準』の話の中で、先日、岩井さんとお話したのですが、私は『批評』という言葉自体に刺激というかショックを受けました。秋田のような地方、小さな地域で批評はタブー。(アート作品について)新聞などでも、ほめることはあっても批評はしない。これはアートの世界としては、足りていないことなんですよね?私はアートのことをあまり知らないけれど、東京のアーティストがさらされている環境はかなり手厳しいとお聞きしました」

岩井「私が例に出したのは、卒業制作展ですね。学生がギャラリストや批評家に自分の作品を見てもらいたがる。チラっと見たコレクターが『あなたの絵は見る価値がない』と言う。簡単な例ですが、そういう批評ですね」

千葉「本人を前にして、たとえアートだとしても、秋田という地域で、そういう環境に私は触れたことがないです。でも、必要な視点というか、環境なのですね」

岩井「これは今回の核心なのですが、クリティカルな、批評的な視点のない中でアートを続けることにどれだけの意味があるのだろうかということ。ある程度の意味はあると思うのですが、それ以上に展開していかないという閉塞感のようなものを感じているのだとすれば、もしかしたら足りないものは、お互いを批評するという視点なのかなという仮説を立ててみたいところです」

アキビプラス、秋田経済新聞千葉「批評のためにはその分野に一定の造詣もないと難しいですね。そのためには編集作業がないと批評をしようがないと思います。編集を消化と言い換えてもいいです。(当プロジェクトは)単純な課外事業だったり、実験の場にしたりすることだけで終わらせてほしくない思いです。ネット媒体を10年間運営してきて、ちょっとやっては止めるというのを見せつけられてきました。その結果、地域に何かが残って、何かが変わったことはないように思います。多少の刺激を誰かに与えたなんていうのは自己満足、欺瞞(ぎまん)のような気がします。変わったものがあるとすれば、継続して、たとえ赤字であろうが続けているもの。そういうものが生まれるきっかけにしてもらいたいと思います。

 秋田の事業としては、私が『秋田芸術新聞編集部員ゼミナール』を開きますが、ちょっとしたゼミをやって終わるつもりはありません。実際に存在しない『秋田芸術新聞』を、この後、どのように転がしていくのかまでを考えて行います。その結果、倒れてしまったら、それはしょうがないです(笑)。会社でも倒産することはあります。厳しい批評にさらされる覚悟、意識をもって関わります。アーティストも批評にさらされているのだという意識をもってもらいたいです」

岩井「批評というのはどこで起きるかというと、『なぁなぁ』にしないということもあるし、矛盾した言い方かもしれないけれど、お互いに安心して批評できる場を作る必要もあります。当プロジェクトが、その環境を作り出せたらいいと思います。例えば、『芸術祭』について、『芸術祭ありき』みたいな形ではなく検証していく。その中に批評や批判的な観点があるから、『芸術祭ありき』で進んでいかないようにできるのでは」

参加者A 「批評をする人は本気だし、真正面から向き合ってくれているように思います。単なる行政に対する批判というのではなく、本当にやっていることを見て、何が足りないのか、何を変えるべきなのかに向き合っている。お互いに言い合える関係性がすごく大事です。やるとしたら、何のためにやるのか、何を作るためにやるのか。覚悟して取り組まなければならないと改めて思いました」

岩井「私が千葉さんと話したとき、狭い地域では批評がしにくいことや、競争原理がうまく働かないこと、なんとなく長いものに巻かれてしまうようなところがあって批評が育ちにくいという話題が出ました。安心して批評ができる場を作りたいですね。4拠点で行う当プロジェクトのネットワークを考えると、並行して進むプロジェクトでは互いのこと見ながら、うまくいっている部分は盗む。ソフトですが批評し合うような関係性で、並行状態で進んでいける利点があります。ひとつのプロジェクトに収れんするのではなく、4拠点がうまい形で存在できればと考えています」

猿田「千葉さんが長く続けてほしいという理由はなんですか?」

千葉「地域が変わらないからです。何かアクションするというのは、ファインアートで個人が絵画を描くということなら全く構わないのですが、少なくとも地域とアートを関わらせるという前提であれば、地域を玩具のようにいじられて、あとはポイっとされるのは、地元に住んでいる者としては何かやるせない。いいようにアートの材料にされているように感じるからです」

岩井「永沢さんは新人だけど、批評にさらされたほうがいいと思いますね」

永沢「私も作家活動は継続していきたいですが、美術に携わる者として軸がブレてはいけないと思います。東北の中の秋田を拠点として、軸を強化していきたいです。新しい地域に入ったという感覚で、人や地域との関わりの中で吸収していいきたいです」

岩井「4つの企画がお互いにきちんと批評し合って、結果を出しながら、それをまた外部の人に批評してもらう。批評が広がっていけばいいなと思っています。もちろん、ルールは必要ですね。個人攻撃はしないとか、性格のことはいわないとか(笑)。正直に批評したらいいのでは」

秋田経済新聞千葉「秋田(の事業)は、6月下旬から始めます。実践的な講義内容にします。批評するにしても、情報がなかなか入ってこない。このプロジェクトのウェブサイトを見ても、評価・批評するに足る十分な情報が上がっているかというとそうでもない。では、今年はそれをやろうということではなくて、そもそもなぜ上がってこないかというと、リポートができる人材が圧倒的に不足しているからです。秋田はライターがすごく少ないのですが、いわゆるメディアやマスコミは、今後、縮小していくはずです。特に紙媒体は厳しくなるはずです。そういう環境の中で、私たちの情報は、新聞などから一方的に受けるだけではなくなる。ではどこから得るようになるのかというと、私たち個人個人です。新聞の歴史を見れば、かつてはたくさんの新聞があって、吸収合併を繰り返してきたわけですが、これから20年でこれも変わると思います。地方の新聞社の必要性や価値はありつづけると思いますが、情報の発信源は細分化されて、その後、もう少し整理されたグループができてくるはず。例えば、アートの分野でこれができないかなという問題意識から取り組みます。新聞記事のような文章には、多くの人にリーチさせるための工夫やルールがあります。これを一人でも多くの人に伝えられれば、個人がSNSで発信するときに、単なる感想文と状況をまとめることの違いや、どうすれば多くの人に伝えられるのかを意識して書くことができるようになります。当プロジェクトのテーマ『アートマネジメントができる人材』に必要なスキル・能力の一つとして。さまざまな種類の文章、リポート、告知記事、報道資料、それぞれ重点の置き方やまとめ方が違います。このことを通じて、人材育成や健全な批評をするための材料を用意したりすることにつなげたいです。そういう期待を込めて頑張らせてもらえれば」

アキビプラス、秋田経済新聞参加者B 「私は(アーティストとして)ずっと活動してきて、1980年代には批評・批判・評論されましたが、その後はされたことがないです。さみしい思いもあります。批評の現場に上がっていくことはすごく重要ですが、一方で、批評するということは、実は同じフィールド、同じ土俵にいるということでつまらないことになりかねない。私は美術という現場から逃げていました。とんでもない勘違いをされて批評されていたからです。美術という地平からいかに離れるかということを考えていました。批評がないことは寂しいことではありますが、『さぁ、皆さん、仲良く批評し合いましょう』というのは違う。面白くともなんともない。千葉さんの文章の中で、続けなければいけないというのも、それこそ自己満足的。続いてしまうことというのもあるし、続けるからにはどんどん更新していかなければならないこともある。地域の中で単発的にやることの意味があると思います。玩具みたいにいじられてしまう話も出ましたが、そういう土地だからこそ玩具みたいにいじられてしまうのであって、つまらない土地はどんどんいろいろな人が入ってきて、どんどん単発的なことをやった方がいいと思います。そうすることで土地の栄養分が出てくるし、発酵するためには。枯れている土地だからこそ、外部の餌食(えじき)になる。(外部から入ってくるのが)コンサルタントかアーティストかデザイナーなのか、そういう地域になっているとすれば、反省すべきです。いろいろな種の活動というのは無駄なものがありません。失敗することや経験すること、熱量がなければなりません。続きはまた、当プロジェクトの現場で」

柳澤「変えるという言葉は怖いことで、変える側の主体性、変えられる側の受動性、どこにゴールがあるのか。変えるという言葉に文脈がなかっただけ。続ける理由が見つかったから続ければいいですし。私たちは、変えるという言葉を使わずに進めてきました」

千葉「変えるという言葉に誤解があったかと思いますが、柳澤さんの言っていることと全く同義です。ただ、もっと切実です。人がこんなに減って、高齢化が進んでいる地域です。人がいないとみんな食えなくなるのでは」

柳澤「それを問題だと思っているから、問題から抜け出せないのでは。千葉さんの問題との付き合い方だと思います。例えば、スイスの人口100人のまちに1万人が訪れるリゾート地がありますが、それが100年以上続いています。人は必要でしょうか」

千葉「それは結果的に成り立っているから、それでいいのだろうけれど…。じゃあ、秋田は成り立っているかな?」

柳澤「成り立っていると思います。何が成り立っていないのでしょう?」

千葉「続きますかね?」

柳澤「続きますね」

参加者C 「秋田を良くするためには、人を呼び込まなければならないということですか?」

千葉「人が住むと言う意味で。お祭りに来る人というのではなくです」

参加者C 「なぜ秋田は若者離れが進んでいるのかというと、秋田には魅力がないから。秋田県民が秋田の魅力を知らないことが問題だと思います。人の多い少ないに関わらず、地元の若い人が深いところを知る、秋田に職はないが、秋田に帰化するためにはどうすればいいかを考える。そういうことを考えるきっかけのために、このプロジェクトが必要だと感じました」

岩井「最初からこういう雰囲気を作れると良かったですね。批評的な見方でやることを前提にするというのは、そいういう気持ちを引き出すきっかけになります。また、(当プロジェクトの課題の一つだった)自分たちの『評価基準』を作ることができていない。クリティカルな、批評的な視点が欠けていたからでないかと考えています。言い方はいろいろとあると思いますが、本音で言い合えることができる場を作ることが大切です」

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 「アキビプラストーク#2」は7月13日、東京都品川区で編集プロダクションを経営する宮脇淳さんを講師に招き、「辺境の編集学~中央にないネタ探しの旅」と題して、ココラボラトリー(秋田市大町3)で開催予定。開催時間は19時~21時。入場無料。

秋田美大の「辺境芸術」プロジェクト、始まる 「編集」「批評」の必要性を訴え 秋田美大が「秋田芸術新聞」ゼミナール 編集部員募集 秋田美大のアート事業「アキビプラス」、今年は「辺境芸術編集会議」テーマに AKIBI plus(秋田公立美術大学)

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