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ジャンルと世代を超えた秋田のアートスペース3周年~ココラボラトリー

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秋田市に限らず、街の規模が小さく、発想や行動が定型化しやすい地方都市では、地域に新たなスタイルを提示することに付きまとう障害は少なくない。そんな停滞感もあった大町地区に新機軸のアートスペースが生まれたのは2005年5月。それまでの秋田にはなかった新鮮な感覚のアートスペースとして、「ココラボラトリー」の運営を成功させた同所代表の笹尾千草さんと後藤仁さんに、これまでの3年とこれからの活動についてお話を聞いた。

ジャンルや世代を問わない秋田のアートスペース

-ココラボラトリー(以下、ココラボ)が3周年を迎えますね。おめでとうございます

笹尾「ありがとうございます。今思い返して見ると、自分たちの中では本当に何もない、何もわからないところからのスタートでした。だからこそ、みんな工夫してやってくることができたと思います。以前は表現をする場の選択肢が少なかったように思うけど、この3年で秋田にも展示スペースがすごく増えたし、イベントも増えたように感じています。これはココラボができたからということではないですが、そういう意味で表現の場の広がりが出てきたと思います」

後藤「この3年はがむしゃらに動いてきたし、今でもそう。星の瞬(またた)きのように時間が過ぎたように感じています。だから、今はこれまでの活動をなかなか客観的に見ることができないでいますね」

-アートスペースの運営を始めたきっかけについて教えてください

笹尾「私は京都の芸術大学を卒業して、現地の会社に就職しました。その後、いったん秋田に帰って、半年ぐらい経ったらまた戻るつもりだったんだけど、思うところもあって秋田で暮らしたいと。そのためには仕事を見つけなければならなかったのですが、それまで働いていた会社は伝統ある竹材店という特殊な会社だったこともあって、秋田では働ける場所が見つからなくて…。アートが好きだったので、その関係の仕事を自分で作ろうと思いました」

後藤「ココラボを始める前までは、笹尾ら5人で『colors(カラーズ)』というアートグループでの表現活動をしていました。メンバーは、グラフィックデザイナーやアクセサリー作家など創作活動のジャンルはさまざま。具体的な活動としては、新屋商店街の活性化対策のために商店会から依頼された『街角ギャラリー』がきっかけの1つかな。商店街の人に『絵っこ描いてけれ』と言われたことが始まりだったと思う(笑)」

-アートグループでの活動とアートスペースの運営の違いは何ですか

後藤「僕は具体的な目標となるべきもののイメージがわかない中で創作活動を行ってきたんだけど、ココラボを通じていろんなジャンルで活躍する人にリアルに接することができるようになったことが大きな違いですね。そこから学ぶことはすごく多いんです。いったん県外へ出た人で『手技』を身につけて秋田に戻ってくる20~30代の人も増えてきたように思いますが、そんな皆さんとの交流から得るものも大きいです」

笹尾「ココラボを運営するまでのプロセスには、『地方の時代への勘』とか『同時代性の空気』といった、私たちを取り巻いていた環境や時代の流れのようなものがあったと思います。私の回りで言えば、共通の認識を持った仲間の存在があって、時流にも乗った環境でアートスペースの運営をスタートすることができたことはラッキーでした。ココラボはさまざまなジャンルで活動する人をつなぐ媒体になっていることが特徴ですね。『colors』は発信主体だけど、ココラボは『つなぎ手』としての役割を担っていると思います」

地方都市でのアートスペース運営-離見の見

-秋田のような地方都市での運営に不安はありませんでしたか?

笹尾「3年前の秋田では珍しかったかもしれないけれど、他の地域ではこういったコンセプトのアートスペースはあったし、私としてはあまり先のことを考えずに始めました(笑)。もちろん経済面の不安はあったし、これからやろうとしていることが秋田で受け入れられるのかといった不安もありました。でも、回りにいた同世代の仲間の存在もあって、みんなこういう場を求めていたし、無いものに不満を言うのではなく、秋田に住むなら心地よい環境を自分で作っちゃうような機運があったように思います」

-ココラボができてから、若い人の歩く姿が大町地区に増えたように感じます

笹尾「ココラボは特に若い世代を意識しているわけではなく、幅広い世代に活用されています。ただ、ココラボをカジュアルに活用してもらえているとすれば、ジャンルや世代を問わないアートスペースというコンセプトを受け入れてもらえている証かもしれないですね。ココラボの最初の展覧会は『colors』の作品展だったけれど、次の展覧会は50~60代の皆さんに利用していただきました。この時のオープニングパーティーがすごかったんですよ。さまざまなジャンルで秋田を支えてこられたすごい人たちが集まって、会場は日常の日本にはないようなかっこいい雰囲気で(笑)。その時に知ったことなのですが、昔、この地に『ジャルダン』というギャラリーレストランがあって、ココラボのように表現スペースとしても使われていたそうです。『時を経て同じ場所にココラボができたことが感慨深い』と60代の人に言われましたが、私自身も不思議な縁のようなものを感じられてうれしかった。この地には、それまでに脈々と受け継がれてきた土壌があって、それがあったからこそ、今の私たちがいるとも感じました」

-不特定の世代がターゲットのスペース運営の難しさはありますか?

笹尾「他世代の人たちと話していると、自分が知らなかったことを知ることができます。むしろ、当初は若い人たちが集まる場所にされてしまうのではないかとの気がかりもありました。ココラボは、秋田をベースに活動する人たちを中心に自由な表現の場として活用されるものでありたかった。そのために、特に地方都市においては、表現ジャンルや世代によって偏らないことも大切だと思います。こうして世代を越えてさまざまなジャンルの皆さんに利用してもらえていることに感謝していますし、3年前の選択は間違えてなかったと思っています」

-笹尾さんご自身、リラックスして運営されているように見えます

笹尾「京都にいたころ、著名な能楽師の先生に『能』を習っていたんです。私はその先生を本当に尊敬しているのですが、学んだことの1つに『離見の見』という言葉がありました。能を舞っている時、自分の舞いに酔ってしまうといい舞台にはならない。自分を客席から見ているような感覚、日常生活でも心がけられればいいなと思っているんですよ。客観性をもって、しかも、自然体でいられるように」

街の変化-秋田は歩いて楽しめる街に

-笹尾さんはまちづくりフォーラムなどでパネリストとしての活動も活発ですね

笹尾「呼ばれればそういった場にも出向くんですが、私はまちづくりをするつもりはないんですよ。行政だったりまちづくりの計画をする人の存在も大切だけど、やはり役割分担があって、私の活動は『地域を元気にする』ということが目的ではない。自分が好きなことを楽しんで取り組むこと、その結果が楽しいまちづくりになるならいいですね」

-理想の秋田市の姿はありますか?

笹尾「まちづくりフォーラムのような場でも、50年後の街のビジョンについて聞かれたことがあるのですが、私はまちづくりをやっていないのでわからない(笑)。ただ、秋田はクルマ社会だから、自動車を移動手段にすることが少なくない中で、たまに歩いてみると、車窓からは気がつかなかったことを発見することがあります。街の様子が大きく変わっていることに気が付くこともあります。そんな時、秋田は歩いて楽しめる街であって欲しいなと思います。私に街を変えることはできないけれど、ココラボが入居しているビルや街の一角をそういうものにすることはできるかもしれない。だから、今の自分にできることを頑張っています。3年前までここは空ビルだったけど、今は多くの人の協力や賛同を得ながら、楽しいビルになっている。アートとか、文化とか、ひとつの物事を多角的に見ることがローカル環境では特に大切じゃないかな。人種によって偏らない視野角の広さ。芸術の世界では、ともすれば邪道に捉えられがちだけど、例えば工芸だけじゃなく、商業的なもの、エコロジーやボランティア活動、国際交流などはすべて『表現手法』という共通項があります。1人1人が必要なものを自分で作っていったらそれが街になっていったというのが私の理想ですね」

街のアートスペース-同じところに留まらないこと

-これまでの活動を前提に、これからについて教えてください

笹尾「展覧会やイベントを通じて培ったアーティストやお客さんとのネットワークを大切にしていきたいです。これを媒体に落として、誰でも活用できるようにすること、チャレンジしたい人をサポートすることなど、私たちが培ったものをたくさんの人に還元していければと思っています。これまでに、いろんなジャンルの人、秋田の農家の人たちや逆に秋田県外から来た人たちの話を聞きながら、これまでの常識や既存のやり方、都会のやり方にとらわれない方法があるのかな?ということが見えるようになってきたように思う。たとえタブー視されることでも、秋田はこれでいいんだと思えるようになってきました」

-変えていきたいことはありますか?

笹尾「ココラボのようなスペースは同じ人がやっていると滞ってくるなという思いもあります。情熱がないとやっていけないけれど、だんだん慣れてきて…ってなると、つまらないものになってしまう。スペースを運営している側も新鮮じゃないといけないなと思うんですよ。ココラボのような場所は、時代の空気を象徴しているべきだと思っていて、私たちが3年前に時流に乗って始めた理由もいつしか古いものになっていくもので、そんなことを感じることがあります」

-運営は軌道に乗っているように見えますが…

笹尾「私も尊敬する、多くのスターを排出した東京の伝説的スペースのギャラリストがいますが、そのギャラリーも今はありません。そのギャラリストに『場所の終わり』について聞いたことがあります。その人は私の質問に答えて『風が変わるのよ』って(笑)。ギャラリーを始める。なかなかお客さんは来てくれない。でも、好きだからパッションをもって突き進む。いつしか人が集まるようになる。スターとも言うべきアーティストが何人も生まれる。ところが、これが続くと、風向きが変わる瞬間があって、ギャラリーを運営しているとその瞬間がわかるようになるのだそうです。一番盛り上がっているときほど、惑わされずに、その風向きを敏感に感じ取ることが大切なんだと。ココラボも次の人にバトンタッチする準備も考えていく時期かな。同じところに留まっていてはいけないだろうと思っています」

-それは勇気のいることですね

笹尾「続けることの方が勇気いりますよ(笑)。自分たちでは『いいよね』って思ってやってることが、回りの人たちには『マンネリだね』って評価されていることに気が付かないでいることの方が恐ろしい(笑)。3年前の私のように考える次世代の人たちも出てきているし、自分自身の役目も変わっていくものだと思う。みんなで同じところにいてもしょうがない(笑)。すぐにということではないけれど、ココラボもパッションのある人に引き継いでもらえればうれしい。人が変わることでカラーも変わると思うけど、ココラボはそれでいいと思います」

-最後に今後の活動について教えてください

後藤「僕自身、まだ手探り状態にあるけど、ベストなものを残していきたいと思っています。目はいつも外を向いているし、秋田であることに限定もしていないつもりです。外に出して恥ずかしくないものを作っていきたいですね」

笹尾「これまでの活動を通じて、表現したものをどういうふうに世の中に出していくかといったこと、なんとなく見えてきたところでもあります。ココラボと一緒に成長してきたアーティストたちとステップアップしていきたい。ココラボを通じて出会った皆さんは、本当に『命がけ』で活動されています。私も一緒に勉強しながら、次のステップに進んでいきたいと思っています」

【取材を終えて】
カジュアルな雰囲気で誰でも気軽に利用できるアートスペースとして運営を始め、地域に根付いた「ココラボラトリー」。その成功に固執することなく、理想の「次」を追求する笹尾さんと後藤さん。決して気負わず、しかし、アートスペースの運営者はアーティスト以上にアーティストでなければならないとする2人の次のステップを楽しみにしたい。

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