記事提供:秋田芸術新聞
フランス・パリのミシュラン三ツ星レストラン数店が現在、秋田県産の日本酒を提供している。大仙市にある酒蔵「金紋秋田酒造」が製造する熟成古酒「山吹(やまぶき)」だ。フレンチの巨匠として知られる故ジョエル・ロブション氏を父に持つソムリエのルイ・ロブションさんが、パリの高級店で展開する日本酒として国内の酒蔵5蔵から選んだ銘柄の一つ。秋田県産の日本酒が三ツ星レストランで提供されることの意味や、吟醸酒などに比べて馴染みの薄い熟成古酒(以下、古酒)の楽しみ方などについて、飲食レビュアーとして知られる秋田市在住の利部浩さんと金紋秋田酒造(以下、金紋)社長の佐々木孝さんが対談した(以下、敬称略)。
利部浩さん(左)と佐々木孝さん(右)
利部 国内5蔵のうち、古酒を納品するのは金紋だけのようですね。
佐々木 当社だけジャンルが異なります。個性の強い古酒ですが、フランス人は、あくまで「日本酒」として捉えているようです。日本人が古酒に対して感じる印象や考え方とは異なるようですね。納品するのは、ルイさん自身が選定し、プロデュースした「山吹1988」。ボトルもルイさんのオリジナルです。価格は500ユーロと高額ですが、世界に通用する頂点の古酒として選んでいただきました。
利部 ワインほどの個性を感じにくい日本酒ですから、大吟醸・純米酒・本醸造・生酒などと同じ日本酒として捉えられやすいのかもしれませんね。私の趣味は、評判のいい国内外の飲食店に出かけることなのですが、「ジョエル・ロブション」(以下、ロブション)は国内2軒のほか、香港やマカオ、中国などの店にも足を運んでいます。そこで提供されるワインは、ほんの少しだけつがれたグラスでも高価なものです。ですから、ロブションにラインアップされることの意味は「飲み手」として身にしみて分かります(笑)。
佐々木 30年ほど古酒の製造に携わっていますが、強い嗜好性のある食通の皆さんから、これほどまでに認知、評価されるようになったことに驚いています。
利部 私は金紋の古酒は何年も前から飲んでいましたよ(笑)。さまざまな古酒を飲んできましたが、良さが伝わりやすい古酒は少ないですね。
佐々木 当社の製品は光が当たらない時代が長かったですし、利部さんと知り合ってからも間もないですが、飲んでいただきたい人には飲んでいただけていたのだなとの思いです。
利部 地元で作られている酒なのに、私たち秋田県民よりも先にフランス人が価値を認めた。世界に誇ることができる日本酒であることを地元の皆さんにも伝えたいですね。友人にも古酒好きがいて、宴会の際に金紋の古酒を提供したことがありました。友人からは「この古酒を売ってくれないか」と言われたほどです。その店には1本しか置いていなかったため売ることはできなかったのですが(笑)。
利部 長期間熟成する古酒の製造は、先のことは分からないというような「酒任せ」のような部分もあるのですか?
佐々木 短期間の熟成であれば、ある程度のコントロールはできますし、大吟醸のように本来は新しいうちに飲んだ方がいいものを寝かせれば、いい製品になります。10年寝かせていいものは20年寝かせてもいいものになります。しかし、同じように寝かせていても、樽ごとに異なる個性が出てくるものです。市場でどこまで通用するのかという意味では、「酒任せ」というところはありますね。
利部 10年寝かせてもうまくできなかったなどの失敗は?
佐々木 そうですね…うまくできないというよりは、強い癖が出てしまうことはあります。そのような場合、単体の製品として販売することは難しくなりますが、ブレンド向けに使えるんですよ。日本酒をブレンドすることを良しとしない向きもあるかと思いますが、日本酒の作り方にもさまざまな手法があります。かつては、ブレンドすることが当たり前だった時代もあります。日本酒を熟成させると、シェリー酒などに含まれる香辛料的な旨み物質「ソトロン」が形成されます。これは熟成させなければ生まれない物質です。本醸造のような新酒に、ほんの少しの古酒をブレンドすることで品質を安定させながら、特有のスパイシーな風味を加えられるなど、うまみに変化を与える役割を果たすことができるのです。
利部 日本酒をブレンドすることは、人によっては抵抗を感じるかもしれないですが、フランス人が一つの価値観として評価してくれたわけですね。今回、三ツ星レストラン向けに選ばれた製品の樽よりも、別の樽の方が好きだという人もいるでしょうし、日本人とフランス人の味覚も異なるでしょう。逆に、さまざまな味覚で鍛えた舌を持つ人々が感じる共通項もあるはずですね。
佐々木 近年は、大吟醸ばかりが優れているというような風潮があります。かつて日本酒を1級・2級に分けて製造・販売していた時代でも、それぞれにいい酒も悪い酒もありました。リトマス試験紙で測るような楽しみ方もあると思いますが、酒を飲むことは多くの人に取って仕事ではないわけですから、もっと自由に楽しんでもらいたいのです。
利部 私も30年ぐらい酒を飲んできましたが、大吟醸や純米吟醸などの区別や価格の高低で評価することが分かりやすいでしょうね。一般的な日本酒とはアプローチが異なる金紋の古酒は、異次元から来た酒のように感じます。心を広くして、面白おかしく飲むことができるものです。個性を楽しむことを日本酒好きの皆さんにもっと気付いてもらえれば。
利部 ロブションのマカオ店もそうでしたが、フレンチレストランでは、一つの皿に対して一つの酒を合わせてマリアージュを楽しむ「ペアリング」コースが近年の主流になっています。おそらくロブションが始めて、現在では国内のレストランも多く取り入れています。パリのレストランでは金紋の古酒をどのような料理に合わせようと考えたのでしょう?
佐々木 メイン料理のみならず、チョコレートやクリームなどを使ったデザートにも合わせることを考えているようです。酒は嗜好品ですから、合うと思う人も合わないと思う人もいるのは当然ですが、当社の古酒は、大阪の「うどんすき」専門店でも提供されています。「うどんすき」に古酒を合わせることなど考えたこともなかったのですが、これまでは、私自身が古酒の可能性を押さえ込んで考えていたように思います。最近では「何が合うのか試してもらえますか?」と私から問いかけるようにしているんですよ。
利部 私のような「食べ手」の立場からは、「では、秋田の料理には何を合わせたらいいだろう」と考えます。例えば、塩で食べられることが多い比内地鶏の串焼きを、あえてタレで食べてみたいですね。もっとも、「飲み手」は何に合わせて飲むかということよりも、店やその時の気分で飲むようなところがあります。古酒も、その時の気分で食後酒のように飲みたいという人や、吟醸酒ではなくちょっと変わったものを楽しみたいという人もいるはずです。「飲み手」に委ねることはいいですね。
佐々木 最初に「古酒」であることを伝えて提供すると、一般的な日本酒をイメージして飲んだ人は混乱してしまうことがあるようです。逆に、飲んだ後に日本酒であることを伝えると、日本酒をエイジングすることへの当社の思い入れに感動してもらえることが多いのです。
利部 私も秋田市内にある全国的に知られた居酒屋で、金紋の古酒とは知らされずに提供されたことがありました。その時の印象は、完成されたシェリー酒よりも芳醇なものでした。こんなに素晴らしいものがあるとすれば、眠らせておくのはもったいない、皆さんに飲んでもらいたいよねと、店主と話したことがあります。私が何を求めてレストランに通っているのかというと、良い料理や酒を楽しみたいというのは当然のことですが、「驚き」を求めているんですね。これまで食べたことのない食材や料理、酒の酒類や飲み方などに出会えることが楽しいのです。多様性が感動につながるからです。西洋料理にも和食にも共通して言えることですね。
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