起業する若者の少ない秋田市で、「高齢者になることが待ち遠しいと思える社会」を理念に掲げて事業を展開する現役の大学生がいる。株式会社Liberty Gate(秋田市中通5)を経営する秋田大学国際資源学部3年の菅原魁人さんだ。秋田市でまちづくり活動に取り組む市民有志のグループ「AKITA45」(大町2)のメンバーで社会起業家・秋田市議会議員の武内伸文さんと、若者が挑戦できる地域づくりのヒントを考えるトークセッションを行った。
※この記事は、2021年1月に行った秋田経済新聞主催のオンライン対談(協力・AKITA45)の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。
【プロフィール】
菅原魁人さん/秋田大学3年、株式会社Liberty Gate代表取締役
1999年、秋田市出身。秋田大学国際資源学部学部3年。公益財団法人あきた企業活性化センター主催「あきたビジネスプランコンテスト2019」でヤングビジネス賞を受賞。「高齢者になることが待ち遠しいと思える社会」を理念に掲げ、2020年7月、株式会社Liberty Gate(リバティ・ゲート)を設立。秋田市では珍しい大学生起業家として注目を集める
武内伸文さん/社会起業家、秋田市議会議員
1972年、秋田市出身。青山学院大学法学部卒、英国カーディフ大学大学院「都市・地域計画学部」修士課程。「組織・人の変革」を専門に外資系経営コンサルティング会社アクセンチュアなどを経て、2015年から秋田市議会議員(現在2期目)。「次世代につながる地域づくり」をテーマに、広範な分野で社会活動に取り組む
菅原 現在、大学に通いながら起業家として活動しています。私は秋田市出身で、ずっと秋田にいますが、子どもの頃から会社の経営に興味がありました。また、私の周りには会社の経営者が何人かいたこともあって、起業したい思いを強くしました。具体的にどのように進めたらいいのかが分からなかったところ、起業を支援してくれる人と出会ったことから、まずは、私は何をしたいのかを自己分析するところから始めました。
武内 何をやりたいというところではなく、何かビジネスをやりたいというところから入ったわけですね。なぜ高齢者福祉のサービスを?
菅原 祖父母は北秋田市に住んでいるんですが、高齢者には不便そうな地域だなとの印象がありました。そこで、秋田には高齢者が不便に感じていることが多いとの仮説を立てて、高齢者向けのサービスを手掛けられないかと。高齢者は実際に何に不便を感じているのか、今はどのようなサービスがあって、それでは何が解決できて何が解決されていないのか…。まちなかで100人ほどの高齢者に声を掛けて調査を行ったところ、高齢者が感じる些細な不便や日常の悩みやなどが見えてきました。そこで、「高齢者になることが待ち遠しいと思える社会を作り出すこと」をビジョンに掲げて、昨年7月に会社を立ち上げました。事業としては、大学生が高齢者宅へ訪問するなどして困りごとを解決するサービス「アシスタ」を始めました。高齢者の生の声を聞くと、学生でも解決のために対応できるような困りごとも多いことが分かりました。福祉業界は、専門家や資格を持つ人も多いですが、学生でもできることまで専門家が担っている現状では、本当に介護が必要な人に手が回らなくなってしまい、業界としても、ますます人材不足につながっていくのではないかと考えました。そうだとすれば、新しい社会支援のかたち、シェアリングエコノミーの考え方として、「大学生」という資源が使えるはずです。大学生は、大学や課外活動、アルバイトの都合などでちょっと時間が空くことがあります。定期的に対応できなくとも、スポットでなら対応できる学生は少なくありません。現在、120人ほどが高齢者の依頼に対応しています。実際に高齢者が集まる場所へ学生が行くと、皆さんに喜んでいただけるんですよ。
武内 私と菅原さんの出会いもそのような場所でしたね。地区のコミュニティーセンターで、高齢者の皆さんに喜ばれていましたね。
菅原 大変な盛り上がりでした(笑)。そもそも起業のための調査をしなければ、このような「話し相手」というサービスを見つけることはなかったと思います。「話し相手」は依頼案件のベスト3に入るほど多いんです。
武内 高齢者は新型コロナウイルスで重症化しやすいという情報が広がっため、外出を控える人と、それでも外出する人に対応が分かれました。そのうち外出を控えた人は、認知症が進んだり、手足の筋肉が衰えてきたり、行政の手の届かない課題が見えてきたわけです。菅原さんのサービスは、この問題の解決にもつながりそうですね。大学生にとっても、高齢者と話すことで勉強になることが多そうです。
菅原 現在、学生も外に出る機会が減っていて、秋田の大学生の1割ほどがうつ状態との調査結果もあります。高齢者と接点を持つことは学生にとっても有益だと思います。秋田では、冬場だけ高齢者向け施設に入居する人も少なくないのですが、利用者の中にもコロナ禍で認知症が進んでしまった人がいます。私たちが週1回でも話し相手になったり、ちょっとでも散歩の付き添いをしたり、もっと早くサービスを届けられれば良かったのですが…。
武内 サービスの品質を上げるための評価もビジネスでは大事です。事業の上で課題はありますか?
菅原 このサービスが、本当に社会的に意義のあるものなのか、課題はどこにあるのかなどを検証しながら行っています。依頼者に対する学生の対応の質をどのように保つのか、どのようにすれば安心して利用いただけるのか…。当サービスは多くの学生の手が必要な一方、マネジメントの課題も多いのです。対策として、庭の草むしりや買い物の手伝いなどの依頼内容ごとにフォーマットを決めたマニュアルを用意しています。また、学生ごとに得手不得手や性格などの個性がありますので、面談で把握するなどして、依頼者とうまくマッチングできるよう工夫しています。あとは、業務報告で利用者の状況を共有するようにしています。福祉関係のケアマネジャーとコミュニケーションを取りながら対応していることもあり、クレームなどはあまりないですが、当初は「対応はどうでしたか?学生の対応に点数をつけてください」などと、依頼者に電話で聞いていました。ところが、依頼者の皆さんが満点を付けてくれるので評価にならない(笑)。現在はアナログな手法も多いですが、例えば、デジタルでサービス評価できる仕組みを用意することなどは、利用者の安心材料につながると思いますので検討しているところです。
武内 依頼を受ける回数を重ねるたびに、サービスが良くなっていく仕組みのようですね。秋田は、大学生や若い世代が起業する例が全国的にみて少ないのが現状です。起業する若者の多い地域では、大学などと連携したり、地元の起業家がアドバイザーになったり、ベンチャーキャピタルのように資金面で支援したりするなどしながら、若者と地域が一緒になってプロジェクトを展開している例があります。秋田では、菅原さんの取り組みがモデルケースとなりそうです。高齢者福祉のみならず、ほかの分野でも大学生の起業はできると思いますが、秋田が起業しやすい地域になるために何が必要だと思いますか?
菅原 起業家向けのイベントなどに顔を出すと、起業に興味や関心のある若い世代の人って意外にいるんですね。ところが、これをうまく吸い上げられるような仕組みや人が、秋田には少ないように感じます。教育の面からは、大学生では無理だというような固定概念があることも課題です。私は「失敗してもいいから、試しと思って行動できるんだよ」ということを伝えたいんです。設立10年後に残る会社は、6%ほどしかないとのデータもあります。ほとんどの会社が消えてしまう状況ですから、自分なりのビジョンを持ってさえいれば、何をやってもいいと思うんです。ただ、ビジョンがないと軸がぶれてしまい、いいサービスにつながらないはずです。さまざまなビジョンを持った人が、たくさん出てきて競争し合えるような環境を作ることができればいいなと思います。ただ、私の回りを見ると、自分で選択肢を見つけられなかったり、自分はこうだと決め付けてしまったりして、大学卒業後には県外に出てしまう人がほとんどなんです。子どもの頃に受けた教育による固定概念を変えられないと、大学生になっても多様な考え方をしにくくなってしまいます。何かしらの変化を起こすことができる体験を得られるよう、子どもの頃から選択肢の幅を広げられる教育も必要だと思います。
武内 小さな成功体験を得る機会が大切になってきますね。アイデアを実現させた体験を持つと、もっともっとやってみたくなるはずです。私も社会起業家として、さまざまな取り組みをしていますが、まちづくりって10割の成功を目指すものではなく、3割バッターでいいと思うんです。意欲のある若い人たちが、たとえ失敗したとしても、それをインプットにして、また挑戦できるような環境を作ることが地域の力になります。繰り返し挑戦できる環境が、まちを成長させるんです。大学時代は秋田で暮らしていても、卒業後は県外に出てしまう人は多いですね。県内の4年制大学に入学する県外からの学生は約1000人。そのほとんが、4年後には県外に出てしまうんです。もし、起業という選択肢があれば、この地域でもさまざまなことを始められます。社会課題を多く持つ地域ですから、課題に着目すれば、むしろモチベーションを高く持って取り組むことだってできるはずです。私はいろんな国や地域に住んだ経験がありますが、秋田が故郷だからということではなく、この地域の暮らしは豊かさにおいて、どこの地域よりも優れていると感じています。ほかの地域での暮らしを経験したことのない人は、いったんは外に出たくなるけれど、その後、秋田に戻りたいという人も少なくないようです。言葉ではなく、わくわくする未来を作るための取り組みを実際に体験できる、どんどんやってみようと考えられる若い世代の皆さんの力になりたいですね。
――ありがとうございました。