特集

子育て視点は芸術家の視点!?/AKIBI plus 2017

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秋田公立美術大学(秋田市新屋大川町)の岩井成昭教授のグループが展開するアートプロジェクト「AKIBI plus」。アートマネジメントができる人材の育成などを目的に公開シンポジウム「アキビプラストーク」をシリーズ開催する。2017年10月に開かれた3回目のテーマは「アートと子育て」。「一見、遠い関係にも思われる『アートと子育て』だが、日頃とは異なる角度から物事を考察することを通じて、クリエーティブな何かを引き出すことができるのではないか」との仮説の下、アートプロデューサーの相馬千秋さんと美術家のイシワタマリさんの2人をゲストに迎え、「子育て視点は芸術家の視点!?~子育てを通して発見」と題して開かれた。ゲスト2人が体験談を交えた考察を紹介後、パネルディスカッションを行った。進行は「秋田県南NPOセンター」職員の奥ちひろさん。

■相馬千秋さん

「舞台芸術のプロデュースや演劇フェスティバルの立ち上げなどに20年ほど携わってきました。2014年からはNPO法人『芸術公社』(東京都豊島区)の運営、2016年からは立教大学で教員もしています。現在、4歳の男児を育てていますが、出張が多い仕事で出産当時も携わっていた仕事があったことから、生後8週間で保育園に預けました。

環境を自分で選ぶことができるという前提で生きたきたのに、それがコントロールできない状態に置かれる妊娠・出産の経験は、私にとっても大きな出来事でした。新鮮で面白いことでしたが、自分ではコントロールできない環境を受け入れることから始まったかもしれません。身体的にも今まで使っていなかった機能が突然開花するような劇的な変化を感じました。子どもの泣き声を遠くからでも瞬時に分かるようになりました。自分にそういう能力があったのだとの気付きもありました。動物としてのさまざまな情報が、妊娠・出産をきっかけに現れるんですね。

もちろん、現実問題としては大変です。ライフスタイルは強制的に変化しました。笑われるかもしれませんが、『家事って毎日やるんだ』と(笑)。こういう生活がデフォルトになっていきました。自分の予定が規定されて自由にならないのにも関わらず、仕事では臨機応変さを求められます。要求されるレベルが上がってしまったように感じました。社会的には『あなたの仕事を減らしましょう』というような善意も現れます。私は仕事をやりたいと思っていたとしても。

私は子育てに対して専門性を持っているわけではなく、日々当事者として実践しているだけです。実感ベースの話になりますが考察してみると、子育ては『他者と向き合うこと』にほかならないと思います。もっとも近くにあって、もっとも異質なもの。そして、こんなにも長期間に渡ってさまざまな角度から一つの何かを見たり見られたり、触ったり触られたりする経験は初めてです。アートプロデュースと子育ては対極にあるような印象を持たれるかもしれませんが、やはりつながっているように思います。抽象的かもしれませんが、皆さんにキーワードや話題を提供できればと3点にまとめました。

まず、『子育ては人間・動物の原型に触れ直すこと』。子育ての時間は『神話的時間』ということができます。反復される時間の中に再起的に現れる自己との対話ということもできます。次に、『子ども時代の再演』。例えば、かつて自分が遊んでいた公園に立つ子どもの姿を見たときなどには、時間が巻き戻ったような錯覚を覚えることがあります。子どもは、大人ではできない遊戯的な想像力で遊べますよね。大人にとっては自明のことでも疑うことは、物語の起源を生むような想像力につながっているのではないでしょうか。子ども時代に失ったことをリプレーすることで、これまで築いてきた関係性を再構築する経験にもなります。3つ目は『家庭や学校、自治体、地域など共同体への再コミットメント』ということ。自分の外側にあるさまざまな共同体に再コミットする経験です。重要だと思うのは、複数のアイデンティティーをまとって行き来するような、社会そのものを一種のローリングプレーによる『参加型演劇』とでもいうような感覚を持つことです」

■イシワタマリさん

「ドイツ・ベルリンに滞在中の2009年、国と国ではなく、人との関係性を形に表す試みとして2年に1度の『イシワタビエンナーレ』を企画しました。絵画制作やライブペインティングに加え、ドイツやスペインでの活動を通じて出会ったパフォーマンスアートにも取り組みました。帰国後の2011年には、出身地の横浜でアートスペース『イシワタ邸』を運営し、家族との関係がうまくいかなかった中で家族に対して伝える展示も行いました。

現在は、京都府福知山市の山間部で0歳の男の子と3歳の女の子を子育て中です。地方では、その人がその人の言葉で話せない社会的環境があります。どんなお母さんがいてもいいと思うのですが、『子育てはこうあるべき』『そんなお母さんはあってはならない』という価値観の中に置かれることがあります。また、私は社会的な立場も収入もなかったので、子どもを保育園に預けることができませんでした。そういう環境に悲鳴をあげながらも、この地で生きていくしかないとなったとき、交通事故にあってしまったのですが、結果的に保育園に預けることができました。毎日、保育園と接骨院に通いながら、アートという言葉が通じない地域で『いかにしてこれまでの経験を活かせるか』を考えました。どうしたらアートという言葉を使わずに伝えられるのか。家の周りは『山しかない、山だけがたより』の地域だったことから、2015年に『山山アートセンター』を立ち上げました。地域の皆さんとパソコンを使わない月刊フリー誌の発行を始めました。福知山ではすごく珍しい取り組みだったため話題にもなりました。毎月発行することを通じて、興味を持ってくれる人の輪も広がっていきました。

また、うまい下手を問わず、毎回いろんなテーマで頭をやわらかくして絵を描く、絵本の世界を切り口にした絵画教室も主宰しています。これは子ども向けというよりは大人向けで、習い事をしづらい子育て中の母親や年配の人にも楽しく参加してもらっています。

私が持っていた結婚観や子育て観に対する大きな悲鳴をブレークスルーしたい思いがあったことから、アーティスト地域住民に結婚観のインタビューを行うことを基にしたイベント『恋愛とか結婚とか出産とか子育てとか仕事とか日常とか生老病死とかの話をしよう(略して婚活)』を企画しました。難解だと思われかねないので、やわらかい言葉と表現に気を付けました。

私が住む地域では『ヒョウタン』で村おこしをしようとしていた時期があったそうです。しかし、ヒョウタンを作り続けていた最後のおばあさんも作るのを止めてしまうと聞いたことから、ヒョウタン畑を舞台にしたアートプロジェクトを構想中です。『役に立たないのに人の心を惹きつけてやまないヒョウタンこそアートセンターが担うべき』と。アートという言葉は使わないけれど、アートとしかいいようがないと思えることがあります。地方では、アートが何か分からないけれど面白いと思ってくれる人たちもいます」

■パネルディスカッション(以下、敬称略)

-(奥)出産後に自身の生き方を振り返ったことや、子どもに伝えたいと思ったことを教えてください

相馬「母親だけではなく、父親の話を聞くといろんな気付きがあります。同世代の男性アーティストと、子どもができてから死を意識するようになったと話したことがあります。子どもは圧倒的な生のかたまり、生命そのものです。全面的に生を受け入れ担うことは、死そのものと拮抗した状態です。子どもを大事に思うということは同時に、失われたことのダメージを先回りして想像してしまいます。そのような生死にまつわることの業をリアルに感じるようになりました。生と向き合いながらも生が失われるイメージを同時に追いかけている。私たちが子育てする中で向き合っている生命にまつわる本質に触れている状態は、アーティストの視点からは創作の原動力になります。全く異なる時間感覚や生死観が体感できるようになりました」

イシワタ「子どもの人生は子どもの自由。子どもが機嫌よく生きていけることが大切です。子どもに何かを伝えるとき、押し付けないということに気を付けています。また、親としての不完全さをなるべく隠さず伝えたいと思っています。余裕がないと、どうしても怒ってしまうこともありますが、そういうときほど抱きしめてあげる。子どもを大切に思っていることを伝えます。私自身、子どもの頃は現実社会が気に入らなくて、絵本だけが好きで、絵本の世界が全てでしたが、その感覚は今でも間違っていなかったと思っています。時代のルールは知らなくとも本質的な真実は分かっていたように思います。そういうことを親が子どもから奪ってしまわないようにしたいです」

相馬「子どもを育てる人は皆、絵本の読み聞かせをしますね。出産前は、大人の価値観から子どもに道徳観を与えるものだと思っていたのですが、子どもの方から要求するものなんですね。子どもは同じ絵本を何回でも読んでもらいたがります。絵本は動物が主人公だったり、動物と人間が共存したりしている世界が多いですが、動物と人間が区別されていない太古の昔の記憶のように、人間が何かしらの形で必要としているものなのでは。アートの専門家として、それだけのものを提供できているだろうかと考えることがあります」

イシワタ「私は子どもの頃から道徳的な絵本は嫌いで、動物が出てくるものが私にとってのリアリティーでした。本質をついているのは神話的な感覚です。例えば少子高齢化といったことは、数値的に好ましくない社会課題として捉えるだけではなく、神話的・絵本的な視点から受け止める理解の仕方もあるのではないでしょうか。子どもといると、『なるほど、そういうことか』と納得することがあります」

-(奥)子どもから教えられること、社会や環境との関係での気付きなどは?

イシワタ「子どもを産んだという共通点しかない人との出会いが増えました。出会いからの新たな発見もあります。でも、これはそうではない人との断絶との裏返しでもありますね。つわりなどがひどい妊娠中や、まちなかでベビーカーを押さなければならない育児中の人は、一時的に障がい者のようなものと感じることがあります。障害のある人は、このように社会から虐げられているのではとの気付きがありました。トークイベントなどにも子連れでは足を運びにくいです」

相馬「不利な状況がありますね。不平等を是正するような社会的な取り組みは必要ですが、個人的な問題というよりは、もっと普遍化していく必要があると思います。制度がしっかりしていないとメンタルも育ちづらいですが、制度を変えるだけではなく、もっとラディカルに根本的な変革が必要かもしれません」

イシワタ「不妊に悩む人と出会ったり、出産経験の有無で壁ができたりするたび、自分が産むことにこだわらなくていい社会や価値観があったらいいのにと思います。他人の子育てに口を出してはいけないと思われていることもありますが、はたして母親だけがそんなにも特別な存在なのでしょうか?保護者以外の人が子育てにアクセスする方法がもっと増えれば、保護者にとっても子どもにとっても、また社会全体にとってもいいのではと思います」

-(奥)仕事への影響はありませんか?

イシワタ「アーティストの仕事は、経済的な収入に直結しない活動を多く含んでいます。子どもを保育園に預けるようになって初めて、ほかの保護者と自分の仕事観をすり合わせる必要を感じました。現在の活動をいかにして周囲から仕事に見えるものにしていくかが今後の課題です」

相馬「(出産以降)強烈な経験をしたことが考え方に反映されていることはあると思いますが、キュレーターとしての私の仕事は、アーティストの作風の変化のようには出づらいです。根っこが揺さぶられたり、衝撃を受けたりすることで、徐々に表現という形で出てくるものだと思います。私が抽象的なレベルで受容して、アーティストとの対話に使っていく。それによってアーティストが刺激されて、これまでの違う発想をするということはあるかと思います」

-(会場)美術など自由な表現を周囲が受け入れられる社会にするには?

相馬「保育園などで子どもを見ていると、とても自由だなと思います。人間はそもそも創造的で1歳から演劇ができるんですね。その後、自由な表現ができない制約が課せられていくわけですが、子育てというよりは日本の芸術教育の仕組みの問題かもしれません」

イシワタ「子どもは生まれながらに表現活動をしていますが、アーティストは子どものまま大人になったような側面がありますね。子どもに特定の価値観を押し付けないことが大事である一方、画一的な価値観を押し付けられる現実もあります。そこから隔離するというよりは、逆境を原動力にすることもできると思います。私も『逆境フェチ』です(笑)。『違うな』と思う気持ちを大切にすること。子どもたちは芸術的なことをしています。大人のつまらない感覚で一蹴してしまうのを避けたい。そのためには、保護者だけで育児をしないことも必要かもしれません」

相馬「子どもは既成概念を持っていないから、しがらみなく新機軸を打ち出せます。何に対しても『なんで?』と理由を聞いてきますよね。それに答えていると、禅問答や哲学的世界、生命や宇宙の神秘、存在論になってしまいます。『私たちがどこから来てどこへ行くのか』はアートでもっとも重要なテーマだと思いますが、こんなに重要な問題を付きつける人(子ども)が身近にいるわけです。子どものような感性を失っていない人がアーティストになっています。社会的な規範からいかに自由であれるか、規範的なモノを無批判に受け入れないことが重要です。 出産後1週間の子どもの眼球や指先の動きは、この世のものとは思えないのですが、既視感がありました。秋田出身の世界的な舞踏家・土方巽(たつみ)の動きがこれなのではと。まるで胎児のような舞踏は、新生児から学んだのではと思いました。子どもそのものを高い解像度・感受性で見つめるだけで、クリエーティブな状態になれます。子どもからはすごい情報が受け取れるはずですが、日々の生活に追われて見逃しているかもしれません」

-(会場)自身の生き方や振る舞いと、子どもが手本にする社会的習慣との間の折り合いについて難しいことは?

イシワタ「人間にとって本質的な意味ではないことが『こうあるべき』とされていることがありますね。基準は難しいですが、学校や家庭が世界の全てではないと思える生活環境を作ることが必要なのでは。アートのことだけを考えていると社会から切り離されてしまいますが、子どもが切り口になることで、アートになじみの薄い人も自然とアート的な体験につながるのでは」

相馬「例えば、絶対にクルマが通らない状況で赤信号の横断歩道を渡っていいのかどうかについて、子どもにどのように伝えられるでしょう。国によって常識が異なり、日本社会の規範も相対化されている状況があります。子どもは社会からすりこまれることが多いですから、もっと社会的な射程で物事を考えることが必要です。考える場を親自身も持つ必要もあります。 先ほど答えたように、子どもからの深い問いに日々触れていること自体が創造的なことです。子どもを産むまでは、アートと子育てがここまで地続きだったことに気が付きませんでした。『こういう形で他者に伝えなければならない』とした瞬間に、作家性が生まれ、表現が特権化されてしまいます。アートと子育てが向き合っている問題は、全く同じかもしれません」

岩井「子育てを特権化すべきではないとして、生活に密着した分かりやすい象徴の一つとして取り上げました。プロフェッショナルとして関わるアートとの境界をあいまいにしていく作業のサンプルとして多くのキーワードが明らかになりました。今後、さらに深めていくことができれば」

辺境芸術編集会議,武内伸文,住友文彦次回「辺境芸術編集会議/アキビプラストーク#4」は2月3日、「着想の交換~行動と批評と仲間探し」と題して開催予定。

【日時】2月3日(土)14時30分~17時(開場14時)
【会場】秋田公立美術大学 大学院棟1F(秋田市新屋大川町12−3)
【ゲスト】武内伸文さん(社会活動家、秋田市議会議員)、住友文彦さん(アーツ前橋館長、キュレーター)、ナビゲーター:岸健太(秋田公立美術大学大学院教授)さん
【入場】無料(申し込み不要)

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