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オープンデータで秋田を変える。~たけうち×けんた

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 市民の行政参加や公共サービスの促進などを目指し、行政機関などが積極的に情報提供を行う「オープンデータ」運動。近年、欧米を中心に広がりを見せる。国内では、経済産業省がウェブサイトを通じた実証に取り組むほか、民間でも「Code for Japan」(東京都文京区)がハブの役割を果たしながら、全国にIT関係者らのネットワークを広げるなど、オープンデータを取り巻く環境が活発化している。秋田市では4月、市民有志や行政職員など7人が、オープンデータの啓発などに取り組む任意団体「Code for Akita」を立ち上げた。

 同団体の協力を得て7月19日、ITを活用した地域課題の解決に取り組む「秋田中年会議所」(共催・秋田経済新聞)が、秋田県議会議員の鈴木健太さんと秋田市議会議員の武内伸文さんをゲストに迎え、「オープンデータで秋田を変える」と題する勉強会を開いた。参加した市民は約40人。ITコンサルタントの小林秀樹さんがオープンデータの概要について解説し、県・市がこれから取り組むべきことなどをテーマに、両議員を交えたディスカッションを行った。

小林「皆さんは、近隣の緊急避難所が分かりますか。震災の記憶が新しいうちはともかく、月日が経つと分からなくなることがあります。地震や津波発生時に使われる『ハザードマップ(避難所マップ)』がありますが、緊急避難場所やAED(自動体外式除細動器)の設置場所などに変更があった場合、それが印刷物だと容易に作り直すわけにはいかず、アップデートしづらい事情があります。これらの情報を民間ではまとめにくいので、行政が整理し、内容を保証したオープンデータとして提供することで、情報の鮮度が保たれます。このような情報を自治体はたくさん持っていますが、デジタルデータでも統一されたフォーマットとは限らず、形式がまちまちだったり、印刷物しかなかったりするのが実情です。また、選挙時に使われるポスターの掲示場所などは、立候補者に印刷された分厚い地図が配られるのですが、地図を見ても掲示版の場所がよく分からないこともあります。しかし、座標データとしてオープンデータ化されれば助かるはずですね」

武内「選挙のときの立候補者は、いちはやく朝から動かなければならないですから、あらかじめそのようなデータがあれば非常に効率的ですね」

小林「座標データさえあれば、効率的に掲示版を回る経路が分かるように工夫することもできます。行政機関が用意するのは地図ではなく、データを公表するだけでいいわけです。 さて、今日は鈴木さんと武内さんをゲストにお迎えしました。オープンデータについてのご理解からお聞きしたいのですが」

鈴木「自分なりに調べた範囲でイメージできているかな、というところです。秋田県ではどのぐらい進んでいるのかを確認してきたのですが、県レベルでは手つかずの状況です。青森などでは、数年前からオープンデータ戦略を策定しているようですが、実行までは進んでいないようですね」

武内「行政ができないことを民間に助けられながら、オープンデータをどう使っていけるのだろうかと考えていますが、公開されたデータから市民が恩恵を受ける、これからの時代に必要なものという認識です。オープンデータを使うことが、どれだけ画期的なことなのかというところまでは、分からないことが多いです」

小林「横手市も取り組んだ『税金はどこへ行った?』という財政状況を公開するサイトがあります。ただ、数年の運営後は更新が止まっています。ビジネスとして儲けがあれば企業が更新するのでしょうが、そうではない場合は続かない例です。これでは経過が見えづらいわけです。そこで、行政が担っている領域を市民が担っていくとした場合、どのあたりまではいいのか、あるいは、やっていかなければならないのかについて、お考えを聞かせてください」

鈴木「日頃、行政の皆さんと接していて感じるのは、失敗しないことを第一に考えているということです。情報を出すことが役に立つことまでは分かるが、出してはいけない情報まで出してしまったり、出した情報が意図しない目的で使われてしまったりすることを恐れます。そのため、進めにくい分野です。こういう状況に(市民や議員の立場から)文句を言うのは簡単ですが、担当者は、与えられた任務を忠実に守っているということでもあるかと思います。 ただ、これが国レベルではかなり局面が変わってきているようです。未来投資戦略、成長戦略の一つに官民データを活用していくことが策定されています。そして、都道府県もこれを進めるような流れになってきています。市民活動として使っていくことについては、これから可能性が開けていくのではないかと思います」

武内「市では、行政の提供するデータを市民が使える状態になっていないですね。そのための環境が整っていないです。『どうせ情報を出してくれないだろう』と、市民も遠慮しているところもあり、協働が始まっていないのが現状です。とはいえ、市民が率先することで、地域を豊かにしたり、企業がビジネスに使ったりしている地域は出始めています。そういう意味で(秋田市は)後追いの印象があります」

小林「秋田では、高齢化率の問題が取りざたされています。そこで、年配者などがIT機器などを使えないデジタルデバイドの問題があります。そのため、どうしても印刷物も用意しなければならず、また、オープンデータなどによって、どのぐらい便利になるのかが実感しづらいところもあるかと思います。そして、議員の皆さんにとっては、特に大切な有権者が年配者であることから、訴求しづらい分野でもあるかと思います。高齢化が進む中、国で推しているものだからやらなければならないとしても、コストがかかるというのでは、地方では取り組み自体が負担でしかなくなってしまいますね」

鈴木「選挙活動では、多くの層の大変な人数の皆さんと接しますが、どれだけの高齢者がどれだけ使えるのだろうかと思います。私は、議会では自称『IT県議』として活躍しようとしているのですが(笑)、自身のウェブサイトを運営している議員は半分ぐらいで、何割かの議員はEメールも自身では扱わないです。SNSなどは、ごく一部のかなり高度な技術で(会場、笑い)。そのような環境の中ですが、ITは、だれもが悩んでいる課題の解決へ向けて活用できる心証を得ています。例えば、雇用について、数の上では足りていても、若い世代は地元を出て行ってしまいます。若い世代が『これでやっていこう』という種類の雇用になっていないからです。少子高齢化の進む現状から将来を考えたとき、この先、伸びていくであろう産業での雇用を作っていかなければなりません。(雪国の秋田で)気候などがハンデにならない分野、若い世代の皆さんが関わりやすい分野がITです。しかし、議会でも正面から扱う人がいないのが実情です」

武内「最近、市議の間では、タブレット端末を導入しようかという議論もあります。これで、かなりの量の印刷物の資料がいらなくなります。それでも、すぐに導入することに対しては抵抗もあります。議会自体はそういうこともありますが、高齢化社会が進む秋田において、端末を見るだけがITではありませんよね。暮らしやすい社会を作るために活用することが目的です。公共交通などインフラにも必要。年配者が使えないのであれば、若者が見せてあげればいいのです。コミュニケーションの道具になります。(秋田は)課題先進地であるからこそ、もっともっと活用すべきだと考えています」

鈴木「高齢者には、印刷物以外のものを受け入れる土壌がまだまだないですが、必ずしも、全ての年齢層にとって必要かというと、そうではないデータもありますね。例えば、保育所の受け入れに関する情報などは、限られた対象だけになりますので、すぐにでも使ってもらえるのでは」

小林「空きのある保育所を探すための情報のニーズは、全ての県民が対象ではないので受け入れられやすいわけですね。湯沢市では、子育てする女性に絞ったサービスを運営していました。ところで、ITを使った地域課題の解決につながる事例を紹介したいのですが、現在工事中の『手形陸橋』について、日や時間で車線が変わるため危険だとの写真投稿がSNSにありました。しかし、この種の問題を、市議や県議に持ち込まれても困ることがあるのではないでしょうか。本来の仕事ではないはずです。『FixMyStreet(フィクスマイストリート)』という民間企業が運営しているアプリサービスがあります。道路の穴や電球の切れた電灯、道端に散乱したゴミなど、まちなかの困りごとを写真投稿し、これを見た自治体の担当者が対応するというものです。このようなサービスには、さまざまな可能性があるのでは」

鈴木「県政レベルでは、必ずしも身近なことではないことも多いのですが、一市民、県民の提案には動かない担当部署が、議員の指摘では対応するという実情に思うところもあります。もちろん、行政の仕事にも優先順位はあるわけですが、(議員にとって)これが本来的な仕事なのかというとどうでしょうね。このようなサービスがあるのはいいですね」

小林「オープンデータの推進は、行政の立場からは弊害と捉えられることもあるかもしれません。課題が『見える化』されることで対応せざるを得なくなってしまいます。市民の立場からは、行政にプレッシャーを与えることになりますね」

武内「行政は、多く情報が急に出てくると困るという事情もありますが、基本的に『見える化』はされるべきです。そして、優先順位が高いものから対応するルールを徹底することで、混乱は避けられると思いますし、市民の理解を深めるきっかけにもなるのではないでしょうか。私も陳情を受けて現地に赴(おもむ)くことで、新たな気付きや発見を得ることもあります。一方で、ITなどを活用した何らかの仕組みが必要と考える部分もあります。そのような仕組みがあれば、担当部署の『たらい回し』が避けられるようになるかもしれません」

小林「地域のさまざまな課題解決につなげることを目的に、市民から写真付きのリポートを受け付ける『ちばレポ(ちば市民協働レポート)』という取り組みがあります。千葉市が2013年から実験的に運用しているものです。地域の困りごとを見つけた市民が写真を撮影して、システムに送ります。このとき、位置情報も送られます。そのため、どこで起きている問題かが分かりますし、これへの対応状況も分かる仕組みです。報告者である市民と行政の担当者だけではなく、地域の課題が可視化され、共有されていきます。例えば、ゴミの不法投棄を見かけた市民が担当部署に報告しようにも、目印がない広域農道などでは正確な場所を伝えられないですが、このような仕組みを利用すれば、市民は写真を撮影して投稿するだけで、(位置情報も送られるため)正確な場所も報告することができます。行政担当者からすれば、電話で話す必要すらなくなく、市民から情報を受け取ることができる仕組みです」

鈴木「これに道路補修まで含めると処理しきれない恐れはありますが、千葉市が踏み出した例ですね」

武内「『ちばレポ』では、課題や問題点が報告されるだけではなく、地域のいいところも情報として集まるようになったそうですね。情報の提供者にはポイントを付けるなどの工夫をして、情報提供を促したそうです」

小林「秋田市でも、除雪車の位置情報が分かる仕組みを導入しています。これで除雪そのものが解決されるわけではありませんが、『自宅周辺に除雪車が来ないではないか』というクレームは減らすことにつながります。(パソコンなどで)除雪車の運行状況を見れば、多くの除雪車が市内を走り回っていることを確認できるので納得しやすいです。また、除雪のスケジュールを知ることができれば、市民は安心します。 さて、秋田ではオープンデータをどのように活用していくのかについて考えてみたいと思います。秋田県内では、横手市と湯沢市の取り組みが早かったわけですが、首長が率先して進めているような印象を受けます。横手市では、積雪のため消火栓が見えなくなることなどに対応した防災など安心・安全に関わるデータや、公共機関や財政、文化財の場所、観光情報などが扱われました。湯沢市では、子育て関連情報などを中心に、誰でも自由に使えるオープンデータとして提供しました。ニーズの観点からは、グループホームや障がい者関連の情報などもあるかと思いますが、議員の立場から提案はありませんか」

鈴木「一義的には、県というより市町村レベルかもしれませんが、深刻と思っている問題は、介護施設関連です。待機児童だけではなく、待機高齢者も非常に多いのが現状です。要介護レベルの高い人もすぐに入れない状態で、長期間順番待ちしているのです。これを差配するケアマネジャーにも情報が集まっておらず、各施設に電話で確認している状況のようです。このような場面で、データを使えればいいと思います。施設の所在情報というレベルではなく。施設側で最新情報のアップデートが必要になってくると思いますので、情報を吸い上げるところが壁になろうかと思います。これを乗り越えることを考えなければならないですね」

武内「情報だけではなく、自分の条件を入れることで必要な結果を引き出せるような仕組みがあるといいですね。リストだけがあっても選びようがないですからね。私は、地域の慈善活動情報などをまとめた『社会活動カレンダー』を毎月発行しているのですが、『(条件の合った)情報さえ分かれば外出する』という声も多いです」

小林「介護保険の請求を通じて、施設の入所者数が分かるはずですね。しかし、あえて情報を出さないこともあるかと思います」

鈴木「介護保険については、行政機関に情報が集まっていますね。保育所も同様です。より手間の省ける実用的な仕組みを作れればいいですね」

小林「(会場の参加者へ向けて)質問や提案はありませんか」

参加者「人的被害も起きているクマの目撃情報について、ボタン式の端末などで情報を集められないでしょうか。また、空き家が増えることで、クマの行動範囲が広がっているようです」

鈴木「県議会でも大きな話題になったクマですが、県内では確実に頭数が増えています。上小阿仁村の住民に配られた端末のメニューに(情報の送信ボタンなどを)加えることはできるかもしれないですね」

武内「最新の情報を集めることは重要です。空き家については、市でも情報を集めていますが、限定された範囲です。活用されている状況ではないです」

小林「空き家情報については、移住希望者に提供することなどが考えられますが、架空の所在地として使われるなど悪用されるケースがあります。月決めの駐車場の情報なども、空き情報が公開されることで、無断で停められてしまう恐れがあるので難しいところがあります。 ところで、児童などに不要な声をかける不審者の情報をEメールで知らせる『秋田っ子まもるメール』というシステムがありますが、メール配信に数日のギャップが出てしまうケースがあります」

武内「現状では、伝えるプロセスに時間がかかっているのですね」

鈴木「いたずらやフェイク情報などの可能性もあることから、正確性を期すると、スピード感を追求することには怖さもあります」

小林「あいさつされただけなのに、子どもが不審者だと誤解して報告することもあり得ますね。位置情報や時間などのデータを取り入れることで、より良い仕組みになる可能性もあります。大阪府警がオープンデータとして公表しているデータを見ると、危険な地域も分かります。本来のオープンデータではないですが、通報を公開していく必要はあると思います。 話は変わりますが、インフルエンザなどの流行が分かりやすい『秋田県感染症情報センター』のサイトは、利用者はスマートフォンで閲覧することが想定されるところ、対応していない仕組みが残念です。これは見せ方の問題ですが、オープンデータで出してくれれば、より良くなるはずです。古いサイトなどを作り直す場合は、コストをだれが負担するのかという問題になります。(オープンデータの考え方は)県や市が予算を付けて民間に発注するのではなく、行政は数字だけを出せばいいのです。この数字を使って、あとは民間の負担で作るわけです。 最後に、秋田でこれから取り組むべきことなどお考えをお聞かせください」

鈴木「ひとことで言うなら、『お客さま目線』が必要です。行政サービスを見ていて思うのは、受け手がどう見るのかについて考えてもらいたいということです。一例を上げると、子育て支援について、保育・医療助成・各種手当など、国・県・市町村の制度が入り混じっていて、さらに所得制限もあるなどして難しい。仕事や子育てに忙しい母親が見ても分からないわけです。行政は、どうしても正確性を優先するので、出す側の都合に合わせた出し方をしてしまいます。結果として、伝わりにくくなるのです。秋田は、全国で最も子育て支援にコストをかけている地域ですが、そのありがたみが十分に伝わっていないのが実情です。行政の本質はそうだとしても、農業や観光なども同じですが、お客さまが見たらどう思うのかの視点。これを埋めることができるツールがオープンデータだと思います。行政を責めるのではなく、機能を補完する民間の協力が必要です。行政のできないことを、できればビジネスチャンスに変えながら、秋田を変えることができる十分な取り組みなのではないでしょうか。IT県議として、私のポジションでできることに取り組んでいきたいです」

武内「オープンデータなどのITを使うことによって、これまでの行政主体のところに民間が入り、関係図を変えるきっかけになりそうです。これまでの延長線上では、(さまざまな課題を解決することに)限界があると思います。高齢化の問題など、ITを使うこと自体ではなく、ITを使って何をするかを考える時期ですね。ほかの地域より早く事例を作って、手本になるような先進的な課題があるのが秋田。例えば、高齢者にとって、ワンストップでさまざまな情報が必要なはずの地域包括ケアなど、秋田だからこそ率先して取り組むべきです。困っている年配者を若い人が情報でサポートできるような雰囲気を作る。市民も意識を変えて、どんどん参加する。行政も、市民に情報を提供して、市民が参加することがうれしくなるような仕掛けを作ることで、地域が変わってくるはずです」

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