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インタビュー2010-05-19

秋田と地球の裏側で~探検家・高橋大輔さん

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秋田市在住の探検家で作家の高橋大輔さんが4月下旬、「ロビンソンの足あと~10年かけて漂流記の家を発見するまで」(日経ナショナルジオグラフィック社)を出版した。ダニエル・デフォーの小説「ロビンソン・クルーソー漂流記」のモデルとされるアレクサンダー・セルカークの住居跡を世界で初めて発見。2005年9月、世界的な探検や調査プロジェクトを扱う「ナショナルジオグラフィック」誌で発表し、大きな話題を呼んだ。「王立地理学協会」(本部=ロンドン)や「探検家クラブ」(本部=ニューヨーク)のフェロー会員でもある高橋さんはその後、「旧約聖書のシバの女王」「アマゾンのエルドラード」「間宮林蔵」から「なまはげ」まで、主に歴史がテーマの「探検」を続ける傍ら、東京青山のアウトドアセレクトショップのアドバイザーも務める。地方を拠点にしながら活動の幅を広げる高橋さんに話を聞いた。(以下、敬称略)

■ロビンソンの足あと~10年かけて漂流記の家を発見するまで

-1999年に出版した「ロビンソン・クルーソーを探して」(新潮社)以来の同テーマ2作目ですね

秋田経済新聞高橋「セルカークに関する探検の成果や歴史的考察などについては、1作目で書き切った感があったので、本作はどのように構成しようか悩みました。歴史的な内容については1作目を読んでいただくこととして、新作は、わたし自身の体験やこれまではあまり書かなかった自分の心模様も表現しながらドキュメンタリータッチで構成し、そこにセルカークの生涯を重ね合わせるようなライブ感を追求しました」

-チリの考古学者や地元役人らとのやり取りも生々しいですね

高橋「この探検は、現地のメンバーと調査チームを組んで当たったのですが、彼らと交わした会話をつなげながら、探検の魅力ばかりではなく、協働のプロセスも考える内容です。本書はマニュアル本ではありませんが、そういう意味で、何か夢を抱いている人にとっては一般的に行動指針などの参考にはしてもらえるかもしれません。読者の皆さんには、わたしの探検を追体験してもらえるような臨場感を感じてもらえたらうれしいです」

■60カ国を回って~秋田も地球の裏側も同じ

-探検家を志したのはいつごろですか?

秋田経済新聞高橋「原点を言えば、秋田の少年時代の探検フィールドにまでさかのぼりますが…自宅近所に高い壁があって、その向こうには水辺のある庭があった。そこにはあこがれの水生昆虫タイコウチがいて、それを採りに行きたい。壁を乗り越えれば採ることができるけど、管理人の怖いおじさんに『こらっー!』と怒られるというのが最初の探検(笑)」

-漫画みたいな話ですね(笑)

高橋「本当に漫画みたいな世界ですが、あこがれの何かが壁の向こうにあるんですね。考えてみると、探検も構造としては少年時代の近所の庭でしかないように思います」

-世界を回るようになったのは?

高橋「高校生のころアメリカにホームステイしたのが最初です。ホームステイ先では重労働をさせられひどい目に遭ったこともあり、『アメリカなんか2度と来るか!』と思ったものですが(笑)、大学以降また海外に出たくなったんですね。これまでに60カ国ほど回りましたが、ヒマラヤでは山賊、南米では両足骨折、サハラでは軟禁され…いろいろな危険な目にも遭ったが、見たこともない自然に圧倒されて、生きていることを実感できるんですよ。日本では味わえないことですね」

-随分危険な目に遭ってますね

秋田経済新聞高橋「そうした体験の中から『冒険』と『探検』の違いを考えるようにもなりました。肉体的な限界に挑むのが『冒険』だとすると、知られざるものを発見することが『探検』。2002年に『世界探検史』という書物に出会ったこともあって、それからは『探検』に興味を持ちました。それでも、戦争やテロなどの危険がある中東の国に行くこともあります。入っていかなければ得られない情報もありますから」

-最近、若い人の海外志向が低くなっているとか

高橋「かつてに比べると大学生や20代の若者が海外に出なくなっているようですね。そういう傾向には寂しい思いもありますが、旅の目的の一つには、ここにはない楽園探しのような側面もある。そうだとすると、何かをやろうというときに海外に出るというだけではなくて…。そうですね、秋田でも地球の裏側でも同じことが起こっているんですよ。何かを探すためには、どこにいてもそんなに変わらないということ、これまでの体験を通じて感じています」

-ところで、「なまはげ」の研究もされたようですね

高橋「世界中に『なまはげ』によく似た民俗行事があることは知られています。ただ、海外のなまはげを実際に見に行って調べた人はあまりいないようだったこともあり、なまはげのルーツをたどる調査をしたことがあります。ヒツジの毛皮をまとったオーストリアのクランプスには、秋田のなまはげとは異なる民族意識があったし、中国のなまはげには角がないのですが、調べてみると男鹿の真山地区のなまはげも、もともとは角がないものだったようです。日本から向こうへ見に行く人は少ないのですが、逆に向こうから秋田には見に来ているようです。オーストリアでは、現地の人に秋田のなまはげ人形を見せられましたよ(笑)。ユーラシア大陸の東と西の果てで同じような民俗行事が行われているルーツをたどることに興味は尽きませんが、あまり考え過ぎるより、『隣がやっているからうちもやる』のような感じで、人のつながりで広がっただけのことのようにも思いました」

■ボーダーを設けない~地域や人との結び付きを考える

-会社務めの傍ら探検活動に入ったんですね

秋田経済新聞高橋「本書はわたしが会社を辞めるタイミングから構成してますが、ロビンソン・クルーソーがテーマの探検を始めたのは会社員時代です。会社に勤めながら続けられるなら良かったのですが、その後、会社は辞めました。自分で設定したテーマの探検を納得いくまでやり切りたかったからです。これ以上進めないと思えるところまで。自分のエネルギーにも限りがある中で、後悔をしたくなかった。夢に向けてフリーになったとき、乗り越えていかなければならないハードルはあります。ただ、わたし自身のこれまでを振り返ってみれば、歯をくいしばって努力や粘り強さで成し遂げたというばかりでもなく、身近にいる協力者に助けられてきました。会社を辞めて腹をくくって取り組めば、見ていてくれる人や救ってくれる人が現れる。あきらめてしまえばそれまでですが、一緒にやろうという仲間はきっといるはずで、そうやって道は開けていくものですね」

-会社を辞めてから気付いたことなどありますか?

高橋「わたしは大学卒業後、東京の広告会社で13年間、営業の仕事をしていました。広告営業は、顧客の電話番号を調べるところから始めて、何らかのものを売ってお金を稼ぐ…という仕事を年間100件以上繰り返すわけです。仕事は生活のため、探検資金を得るため、もちろん仕事そのものに面白さもあるわけですが…。当時はわからなかったこれら仕事の意味が、会社を辞めてからわかったことがあります。今にして思うと、現在の探検家・作家としての活動も、当時とまったく変わらない。探検資金を獲得するために計画書を作成することやプレゼンすること、チームを組んでコミュニケーションをとりながら目的達成へ向けて進んでいくこと…。もし、わたしが『サラリーマンなんか辞めてやる!』と過去を切り捨てるような意識だったら、探検も成し遂げられなかったように思います。広告と探検は異なる世界のようですが、会社員としての経験で無駄になったものは何一つありません」

-具体的に教えてください

秋田経済新聞高橋「例えば、本書に関連して言えば、『ナショナルジオグラフィック』から探検資金を獲得したかった。同誌には、世界の名だたる探検家が計画書を持って集まってきます。世界中の探検家にとって、あこがれ故に近くて遠い存在。最初のプレゼンは副編集長が相手でしたが、緊張しました。わたしの熱い思いを、副編集長にも同じぐらい熱く感じてもらう必要があります。まずは理解を得ることが必要ですが、理解してもらうだけでは足りない。同じ内容の話でも印象は異なるものですから、最初の一言を相手にどのように伝えるかを考えました。誰もが知っているロビンソン・クルーソーですが、このテーマの何が面白いのかを説明できなければなりません。モデルとなったセルカークの住居跡が未だ見つかっていないということ、2004年はセルカークが漂流して300年を迎えるタイミングなど、このプロジェクトを『今やることの価値』を強調しました。いったん懐に入ることができれば、あちらでもいろいろ調べ始めるものです。こうした一連のやり取りが、コミュニケーションの難しさでもあり、面白さでもあります。これも会社で積み重ねた経験が生きています」

-そうした活動を秋田のような地方で行うことの不便はありませんか?

高橋「東京時代の仲間には『高橋は秋田にひきこもった』と言われることもあります。『秋田には何もないだろう』とも。確かに情報の流れは東京に集中しているかもしれないけど、わたしには東京で起こっているすべてのことが、ここでも起こっているように感じます」

-「故郷の秋田に戻って働きたい」という首都圏在住の若者も多いようです。そのためのヒントは何かありますか?

高橋「そうですね…わたしの場合、自分の世界にボーダーを設けません。特にインターネットなどの通信手段、新しいメディアも発展する中で、住んでいる場所に活動が制約されなくなってきています。例えば、ご存じの通り2月に起きたチリ地震の津波のため、ロビンソン・クルーソー島は甚大な被害を受けました。わたしは地球の裏側の秋田にいながら、島のために何かできることはないかと考えています。そもそも自分と同じ志を持つ人は町内には住んでいないことの方が多い。地方の一つとしての秋田で何かを実現するためには、ボーダーを設けずにコミュニケーションをとりながら、地域や人との結び付きを考えることがヒントになるように思います」

-ありがとうございました。

高橋大輔さん

【インタビューを終えて】

少年時代に見た探検の夢に始まり、ロビンソン・クルーソーが実在したことを証明する住居跡の発見という世界的成果まで果たした高橋大輔さん。その後も精力的に新たなテーマに取り組みながら、楽しみは「お気に入りの器で飲む酒」だという。高橋さんの次なる探検成果の報告を楽しみに待ちたい

ロビンソン・クルーソー追ったドキュメント本-探検家・高橋大輔さんが出版(秋田経済新聞) EXPLORER DAISUKE TAKAHASHI WEB SITE|高橋大輔 e-bookスタイルの探検記「クボタ・グローバル・ジャーニー」 アウトドア・セレクトショップ「EXP STATION」

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