-ジャズフェスティバル(以下、ジャズフェス)も定着した感があります
芳賀「もともとは、『秋田で何か楽しいことやろう』という友人らとの会話がスタートのイベントでした。ジャズフェスは過去3年、県の遊休地を活用して開いていましたが、再開発事業が始まったことから、かねてより会場として検討していた千秋公園で開きました。おかげさまで、今年も多くの市民の皆さんに楽しんでいただくことができました。 ジャズフェスについては、仙台の『定禅寺ストリートジャズフェスティバル』が全国的にも有名ですが、来場した皆さんに感動していただけるものであることなど、同実行委員長からもいろいろなことを学ばせていただきました」
-ジャズフェスは毎回スタッフのモチベーションも高いですね
芳賀「運営していて感じるのは、回を重ねるごとにスタッフやミュージシャンなど関係者の思いが深まっていくことです。限られた予算の中で、自身のギャラを削って参加してくれるプロミュージシャンや、今年も早くやりたいと意気込んでくれるスタッフ…。皆さんのそういう思いが重なることで、市民の皆さんが毎年楽しみにしてくれるイベントに成長したのだと思います。あと、今年は初めてボランティアスタッフも公募しましたが、いい仲間にも恵まれました。私に協力してくれているというよりも、イベント自体に価値を感じてもらえている結果だと思います。あとは回りに迷惑をかけないよう、私自身が最終的な責任を取ることができる範囲で取り組んでいます」
-本業は飲食店の経営ですか?
芳賀「仲小路商店街の小路(中通2)で幼馴染2人がブティックや飲食店を営業しているのですが、私も同じ小路に店舗を設けたら面白いのではと考えたのをきっかけに2003年、ギャラリーも兼ねたライブスポット『カフェアンドギャラリー・レッドハウス』を開業しました。この店からは、ロックミュージシャンのほか、ご当地ゲームのデザインなどに携わった切り絵作家も輩出しました。その後、成り行きから、音楽やダンス、美術など文化交流もできるようにとの思いを込めた『スタジオバー・ヨッケ』を川反(大町5)に開業しました。現在は、両店とも後輩に託して、私は経営から身を引いています」
-両店とも店名がそのまま残っていますが
芳賀「店を引き継ぐとき、本当は店名を変えてほしかったのですが…。店を引き継いでくれた後輩が、どうしても看板を残したいとのことから、とりあえず自由に使ってもらっているんですよ」
-思いを込めた店舗を手放すのは惜しくはなかったですか?
芳賀「飲食店の経営も大変ですよ(笑)。それに、経営からは5年以内に手を引くと最初から決めていました。というのは、まちづくりに取り組みたい強い思いがもともとあって、バーの経営はそのきっかけづくりの意味もありました。おかげさまで、ジャズフェスの開催などにつながる多くのネットワークを得ることができましたし、私が取り組みたいのは、やはりまちづくりの活動なんです。そして、その活動はフルタイムでやらないと難しいものです」
-五城目町での仕事もしていましたね
芳賀「先月で期間を終えたのですが、これは同町の地域振興関連の仕事として知人に誘われたのがきっかけです。父が隣町の八郎潟町出身でもあったし、五城目町には親せきや多くの友人とも縁があったことから受けることにしました。秋田で培ったノウハウを生かして、同町の寺院を舞台にしたジャズフェスなども企画しました。500年も前から続く『朝市』が今でも開かれているなど、同町は魅力的な資源に恵まれた地域だと思いました」
-イベントの規模が大きくなることで苦労も増えたのでは?
芳賀「イベントは私一人では手が回らなくなってきているので、NPOの立ち上げなど組織づくりのようなことも考えていかなければと思っています。人を信頼して任せれば、責任を持って担ってくれるものと思います。今後は、出演者の選定などについても、音楽方面に明るいスタッフに任せたいと思っています。あとは、そうですね…『ジャズフェスを利用して金儲けをしている』『ジャズフェスで儲けて店を出した』などと言われることもありますが…。実際は、足が出たイベント運営費は私個人の持ち出しで穴埋めしているんですよ(笑)。バーも銀行から借金して開いたのですが…。ジャズフェスで金儲けをしようとはまったく考えていないし、イベントの趣旨からして、それをやったらいけないだろうと思っています」
-ところで、ブログも積極的に利用していますね
芳賀「情報の発信手段として、2003年ごろにはブログを始めたと思います。最近は言葉を選ぶようにしていますが、私は思っていることをストレートに表現することが多いですね。自分で読み返したら顔が赤くなるようなこともこれまでには書いたと思います(笑)」
-読者に誤解されることはありませんか?
芳賀「そうですね…私に興味を持ったという人から、『ブログを読んでやっぱり嫌いになった』と言われたこともありました(笑)。でも、人受けすることを狙って表現するのではなく、自分をさらけ出さないと本当の思いは伝わらないと思うんですよ。逆に、ブログをきっかけに活動を共にしてくれるようになった仲間もいます。まずは自分自身をさらけ出すこと。伝わる人には伝わるはずです。結果的に何か嫌な思いをさせてしまったとしたら素直に謝るようにしていますが、どんなことでも批判的に思う人がいるのは、むしろ当たり前のこと。批判が当たらないことを指摘されたときは、気にしないようにしています」
-自分に自信がないとできないことですね
芳賀「今年は、NHK大河ドラマ『龍馬伝』をよく見ました。フィクションが含まれているとしても…命を掛けて信念を貫く龍馬の姿をうらやましくも感じました。今の日本は、命まで掛けなくても生きることができるわけですが、私は何をやるにしても命がけで取り組みたいと考えています。そういう覚悟があるから、批判や誤解を恐れずに頑張ることができるのかもしれませんね」
-ジャズフェスは今後どうなりますか?
芳賀「2011年にジャズフェスは5周年を迎えます。今年はイベント単体で初めての黒字化にも成功しましたし、今後も継続できる手ごたえも得ました。年1回のフェスティバルもいいのですが、毎月・毎週のイベントとして開くことはできないかということも考えていきたいですね。 人が行きたいと思う内容のイベントであれば、人は自然と集まるものだと思います。ただ、ジャズフェスでは例年、地元クラフトファンの手作りイベント『旅するマーケット』や飲食屋台も多数出店していますが、衛生管理上の理由から、屋台では米を提供することができないんですよ。米どころの秋田で、秋田米のおいしさをPRしながら消費することができるチャンスなのに残念な思いがあります。人が集まれば次の手を打つこともできます。そして、今年初めてジャズフェスを開いた千秋公園は、こうした取り組みを行う理想的な場所でもあります。この場所を主役にすることができたら、たとえ冬季でも楽しいことができるのではないでしょうか」
-芳賀さんにとって「まちづくり」とは?
芳賀「まずは自分ができることを考えて、実行すること。そして、自分の考えを周囲に伝えていくことですね。まちづくりについては、行政主導を疑問視する人もいますが、私の経験からは、やはり行政と力を合わせながら進めることは大切です。それぞれの立場で、まちづくりに対する意識を高めていくことが重要なのではないでしょうか」
-そのために必要なことは?
芳賀「問題意識を持った市民が話し合うことができる場がもっと必要ですね。ちょうど今年は、まちの課題をテーマにディベートするイベント『ボクシンク』や社会人向けの勉強会『あきた朝大学』など、新しい試みも立ち上がってきました。このような場面を通じて、他の地域では行われていないような秋田独自の存在感を示せるようなことを見つけていければ理想です。単に『食』『自然』など日本中どこにでもあるものは、やはり北海道や九州に秋田はかなわないかもしれないし、少なくとも秋田の必殺技ではないように思います。 また、中心市街地だけ考えていてもしようがなくて、もっと大きな視野を持つことも必要です。市民一人ひとりが声を上げながら、覚悟をもって取り組むことが大切なんだと思います。私自身も、どんなことがあろうとジャズフェスを開催し続けていく覚悟でやっていますよ(笑)」
-ありがとうございました。
「自分の思いをさらけ出すこと」にこだわりながら、音楽など文化を軸にしたまちづくり活動に取り組む芳賀さん。運営手法などについて批判を受けることがあっても、「私は覚悟をもってやっているから」と笑って受け流す。今後のさらなる活躍に注目したい。