市民から提供を受けた食品を福祉施設などに届けるフードバンクシステムを運営する一般社団法人フードバンクあきた(秋田市土崎港西2)。秋田市のほか、県内各地域の公民館やスーパーなどの一角に設けられる、加工食品などの寄付を受け付けるためのポスト「フードドライブ」の運営元だ。秋田経済新聞と連携し、秋田市でまちづくり活動に取り組む市民有志のグループ「AKITA45」(大町2)のメンバーで社会起業家・秋田市議会議員の武内伸文さんが、同一般社団法人の代表理事・林多実さんと「共に支え合う心豊かな地域社会」について考えるトークセッションを行った。
※この記事は、2021年1月に行った秋田経済新聞主催のオンライン対談の内容を基に、一部加筆して再構成したものです。
林多実さん/一般社団法人フードバンクあきた代表理事
1961年、秋田市生まれ。秋田聖霊女子短期大学卒。東京都内の建築設計事務所勤務などを経て、「子どもの教育」がテーマの勉強会で子どもを取り巻く問題の背景に触れたことなどをきっかけに、2015(平成27)年2月、秋田市でフードバンクの運営を開始。2016(平成28)年8月に一般社団法人化。全国フードバンク推進協議会(東京都小金井市)に加盟し、秋田市を拠点に同事業などに取り組む
武内伸文さん/社会起業家、秋田市議会議員
1972年、秋田市出身。青山学院大学法学部卒、英国カーディフ大学大学院「都市・地域計画学部」修士課程。「組織・人の変革」を専門に外資系経営コンサルティング会社アクセンチュアなどを経て、2015年から秋田市議会議員(現在2期目)。「次世代につながる地域づくり」をテーマに、広範な分野で社会活動に取り組む
林 私は、秋田市内の短大卒業後、一度首都圏で働いてから秋田に戻ってきました。そのため、知り合いも少なく、専業主婦だったこともあって、PTA活動を始めたんです。学校との関わりを持つ中で、小学校の校長から「体育着を入れる袋を持っていない1年生の女子児童がいる」との話を聞きました。学校に必要なものをそろえられない子どもがいることに気が付きました。わが家にあまっている袋を進呈したのですが、その後、体育着などを学校に寄付してもらう呼び掛けるなどの活動を始めたところ、朝ごはんを食べてこない小学生が少なくないことも見えてきました。そのような子どもたちを観察していると、大きくなるにしたがって、ちょっと乱暴になっていく傾向が見られるようでした。大人でも、お腹が減るとイライラしますからね。怒りをコントロールできない子どもの中には暴力で感情を表してしまいがちです。もし、この子がお腹がいっぱいで登校してれば、ほかの子どもに暴力をふるうことはなくなるように思われたのです。
武内 それがフードバンク活動につながったんですね。
林 フードバンクは、東京の取り組みを扱ったテレビ番組で知りました。まだ十分に食べることができるのに、何かの理由で捨てられてしまう食品を家庭や職場などから寄付いただいて、必要とする人に無償で配る活動がフードバンクです。これなら資金のない私にもできそうだと、子どもの学習サークルに携わる4人ほどの皆さんに声を掛けました。とはいえ、ノウハウもないので、仙台市にある「フードバンク東北 AGAIN(あがいん)」という団体に話を聞きに行きました。そこで「フードバンク岩手」の運営者を紹介いただき、秋田での活動がスタートしました。メンバーの中で私が一番年上だという理由から代表を務めています。2016(平成28)年からは、一般社団法人化して取り組んでいます。
武内 新たな取り組みをゼロから立ち上げるのには、勇気と行動力が求められますね。私も社会活動の一つとして、衣類や食器などの家庭に眠る生活用品の寄付を呼び掛けるリサイクル活動を手掛けています。誰かにとって不要なものをゴミにすることなく、必要とする人に自由に値付けして引き取ってもらうんです。集まった金額を社会活動に循環させようとする活動で、14年ほど前から取り組んでいますが、当初は、参加者の輪が広がるのだろうかとの不安もありました。先日、フードバンクの事務所へうかがいましたが、たくさんの食料品が多くのメーカーなどから送られてくるまでに広まっているんですね。
林 フードバンクは、市民から受ける寄付により始まった活動ですが、現在、当団体も加盟する「全国フードバンク推進協議会」(東京都小金井市)という組織もあります。当初は11団体ほどでしたが、今は全国で40団体以上が活動しています。モノもヒトもカネも首都圏に多いので、首都圏で活動している皆さんに企業などへ働きかけてもらうこともしています。フードバンクには、一般の皆さんから食品を寄せていただくための「ポスト」の仕組みもあります。秋田市内の市民サービスセンターや、マックスバリュなどのスーパーのほか、横手市や湯沢市、仙北市、由利本荘市やにかほ市などの社会福祉協議会の事務所にも置かせてもらっています。首都圏の企業から寄せられる寄付を別にすれば、秋田では個人の皆さんから寄せられる件数が多いんです。これは全国のフードバンクでも珍しいんですよ。他県から秋田に来ている知人からは、よく「秋田の皆さんは親切だ」と言われます。道の駅で生活に困っている様子の人に、お金を渡している人を見かけたこともあるそうです。秋田には、気持ちの温かい人がたくさんいるように思います。それこそが、秋田の埋もれた価値だと思うんです。これを引き出せるような仕掛けが地域に必要なんだと思います。
武内 特別な人である必要はなくて、誰でも参加できるんだよという雰囲気づくり、仕掛けも大事ですね。
林 社会貢献という言葉はね、どこか偉そうで、特別な人がやることなんじゃないかと思われがちです。そうはなくて、目の前で転んだ人がいたら、きっとみんな反射的に手を差し伸べると思うんですね。フードバンクも、そういう活動ではないのかな。
武内 昨日、積雪のために横断歩道を渡れないでいる高齢の人を見かけました。とっさに手をとって、一緒に渡りました。こういう行動は反射的に出るものですよね。誰にもあることだと思います。このように、社会活動や寄付活動が当たり前のことになってもらいたいですね。
林 武内さんは海外での経験もあるそうですが、日ごろの活動にも関係しているのでは?
武内 そうですね…。例えば、先ほどお話ししたリサイクル活動は、16年ほど前まで住んでいたイギリスのチャリティーショップがモデルです。そこでは、いろいろな寄付品が売られていて、得た収益でアフリカの飢餓を救済したり、ガンの研究機関に寄付したりしているんです。これが、大きな町だけではなく、小さな村にもあるんです。ちょっとした買い物するだけで社会活動ができるんです。まちが社会活動であふれていたこところに魅力を感じて、秋田でも始めたんですよ。
林 私もアメリカで暮らしたことがあります。皆さんが当たり前のように寄付しているのを見て驚きました。ホスピタリティー(心のこもったもてなし)という言葉は、日常的に頻繁に使われていますし、私のように日本からの異国人にも親切でした。秋田の皆さんの心の中にもそのような気持ちがいっぱいあると思います。例えば、わざわざ当団体の住所を調べて、大雪の中に由利本荘市からお米を持ってきてくれた人がいらっしゃいました。秋田市に来る用事があったからと、肩ひじ張らない姿勢で寄付してくださったんです。
武内 林さんが、そのような人々の気持ちを受け止めるための受け皿、環境を作られたのは大切なことですね。寄付した人も心が豊かになったのではないでしょうか。フードバンクを運営する人、寄付する人、寄付品を受け取る人の皆さんが幸せになれる仕掛けですね。
林 自分が寄付したものが誰かに渡って、受け取った人を笑顔にするイメージを持ってもらう。フードバンクは、私が旗を振って行ってるのではなく、皆さんの参加で進められる活動です。心の問題ですので、お金で買えるものではないという部分が大事ですね。以前は、私一人で秋田市内各所に寄せられた寄付品を回収していたのですが、いくつもの団体や個人から協力の申し出をいただきました。仕事の合間の時間を使って回収作業などに協力いただいているんです。このようなつながりは、すごく心強いのです。私がいなくなっても、活動は回っていく仕組みになればいいです。
武内 活動には行政の支えもあるのでしょうか?
林 行政との関係では、私たちの支援は、行政機関や社会福祉協議会、生活支援団体などを介するものです。当団体に直接相談に来られる人もいらっしゃいますが、寄付品を直接お渡しすることはしていないのです。寄付品をお渡しするだけでは、その人が持っている問題は解決しません。私たちができることは食品の提供ですが、それ以上のことには専門家が必要です。フードバンクは、自立をサポートするための仕組みであって、自立を妨げるような支援であってはいけないのだと思います。相談に来られた方のために、何をどこに相談すべきなのかの道筋を立てることも私たちの仕事なんですよ。どのような人が、どのようなことで困っているのかを行政に伝えることで、問題の解決につなげていきます。
武内 コロナ禍の状況はいかがでしょう?
林 やはり昨年3月ぐらいから、女性や母子世帯、障がいのある人などが最初にSOSを発信しています。社会的弱者にストレートにダメージを与えてるように感じています。最終的な目標は、フードバンクが必要のない社会ですが、食べることに困っている人がいたり、生活が苦しい人がいたりします。 コロナ禍では、県外の皆さんから多くの寄付をいただいていますが、もっと地元でも回していければと思います。ですから、もっと多くの皆さんの協力と参加をいただきたいんです。お金だけではない、心の豊かな社会づくりは武内さんも考えていらっしゃると思います。目指していることは同じだと思いますので、一緒に築いていくことができれば。
武内 もちろんお金は必要ですが、人と人との心の触れ合いが感じられる社会が豊かさの原点だと思います。林さんのように、少しずつ協力者が増えるように積み重ねてきた活動は、あるタイミングで爆発的な連鎖反応につながることもあると思います。心の豊かさを感じられる地域、成熟した地域をつくり上げていきたいですね。
――ありがとうございました。