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秋田の大泉洋になる~尾樽部和大 #04/すきかちっ Vol.4

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記事提供:すきかちっ

秋田県小坂町出身のタレント・尾樽部和大(おたるべかずひろ)さん。「劇団わらび座」の役者として数々のミュージカルや民俗芸能の舞台に立ってきた彼が進むこれからの道とは。演劇を志す者、芸能を志す者は必読の最終回。

「離見の見」を持つ

Matirog「表現者が、お客さんである鑑賞者や視聴者と共通の認識を持っていなければ、演技は届かないと思うんですよね。観客に、より質の高いものを届ける方法をお聞きしたいです」

尾樽部「演技は一方通行ではダメです。演技は相手がいるから成り立ちます。自分が発するセリフに対して、答える相手が必ずいます。そして、舞台ではそこに観客がいて、演劇空間が生まれます。舞台に立つものは、常に『離見の見(りけんのけん)を持て』と言われています。能の創始者と言われる親子(親が観阿弥、息子が世阿弥)がいるのですが、父親の教えを息子が本に起こした『風姿花伝』という能の理論書があります。その理論書に『離見の見』という言葉が出てきます。これは『第三の目を持て』という意味で、空間を見る目を持ち、周りを理解できるスキルを身に付けることを示します。『離見の見』を意識することで、今やっている演技が観客へ押し付けたものなのか、調和しているのかを知ることができます。実際には、演技に熱中してしまうと離れた目はなくなってしまいます。かといって、離れた目を意識しすぎると、演技がおろそかになってしまいます。そのバランスがうまく取れた時に、素晴らしい演技が生まれるんですよ。例えば、100%の力で怒っている演技をしているときも、その中に冷静な目を持った自分がいないといい演技は届けられません。体はホットでも、頭はクールでいなければいけないんです。舞台ではセリフが全て決まっているので、こう言ったらこう答える、というキャッチボールで演劇は成り立ちます。セリフは相手を動かすためのもので、自分発信ではなく、相手ありきです。相手にセリフを投げることで、してほしい言動を促しているんですよ。稽古場では役者だけなので、相手に届くように練習を重ねますが、本番の舞台に上がるとお客さんがいますので、役者が観客を見る目を持たなければ、演技は観客には届きません」

Matirog「同時にいくつもの目を持つんですね。『離見の見』つまり、客観的に演技をとらえるために、頭の中で全体の空間イメージが浮かんでいるんですか?」

尾樽部「稽古場では、まずセリフを伝える相手ととことん向き合って、相手との信頼関係や、そのお話における役どころや居場所を作り上げることから始めます。そして、ステージでの稽古に進みます。その舞台稽古の時、稽古場と同じように相手とセリフのやり取りをするだけでは観客はついてきません。舞台での稽古の時は、稽古場で作り上げた演技に、さらに観客に自分の顔がよく見えるような動きや演出を想像し、付け足して完成します。役者になって最初のころは、セリフを伝える相手の役者だけを強く意識してしまったり、逆にお客さんに伝えなければという思いが強くなったりして、演技が不自然になってしまうことがあります。その点ベテラン役者は、主観的な目と客観的な目をバランスよく持ち合わせているので、演技がとても自然なんですよ」

Matirog「主観的な目と客観的な目を持ち合わせるには、コツがあるんですか?」

尾樽部「これはすぐに身に付けるのは難しいです。やはり経験ですね。とにかく数をこなさなければ『離見の見』は身に付きません。バスケットボールでもそうですが、なぜ練習試合をするかというと、本番に備えるためですよね?練習試合は経験なんですよ。練習試合で得たシチュエーションや経験が、本番の試合に生かされます。ですからどんなことでも、経験していれば強みになります。長年舞台に上がり続けてきた経験豊富な役者は、『離見の見』が体にしみ込んでいます」

Matirog「稽古を重ねれば、誰でもその視点は身につくものですか?」

尾樽部「そうとも限りません。僕は『劇団わらび座』で16年間、役者をしていましたが、まだまだです。東京にある劇団民藝には70代、80代の役者がたくさんいます。その劇団では、60代で『赤子』と呼ばれます。演劇の世界では、60歳では未熟だと言われるんです。若手で活躍している役者もたくさんいますが、基本は何歳であろうと、最初に台本を渡されて読み込むことから始めますので、することは同じです。そこから、演技を深めていくのですが経験が豊かな役者は違いますね。セリフから得られる情報は、その役のバックボーンのみで、氷山の一角にすぎません。肝心なのは、海に隠れている氷山の大部分をどう読み解くかです。それについては、やはり歳を重ねた役者の方が経験や知識もありますので、うまいです。あとは普段から、知識や教養を高めるための努力をどのくらいしているかも大切ですね。ラジオを始めたばかりの僕のスキルと、Matirogさんの持っているスキルとは全然違いますよ。Matirogさんのリスナーに対しての話し方や、ゲストに気持ちよく帰っていただくトーク力はやはり『ごくじょうラジオ』を8年担当している経験があるからこそだと感じます」

Matirog「確かにラジオにおいては、数をこなしてきたからこそ、意識せずにゲストと話せるのだと思います。ゴルフのスウィングも最初はフォームを意識して振りますが、プレーする数が増えれば、勝手に体が動きますからね。そこまで意識せずに対応できるスキルを身に付けると、『離見の見』も生まれるのだと感じます。ゲストと話をしながらも、体が連動しているから、他のことに気を遣える精神的な余裕も生まれます」

尾樽部「経験に勝るものは、ほかにないですよ。役者やタレント業を長年やっていたとしても、別の土壌であるラジオの現場で同じようにできるかというと、僕はまだ無理です。長年ラジオの現場を経験されている方のレベルとは全然違います。勉強では得られない、現場で起こるハプニングやシチュエーションに応じた話し方は、培ってきたものがあるからこそ自然にできることだと思います。先ほど少し話題に出した世阿弥の『風姿花伝』では7段階の人生論が語られています。7歳頃までは心の赴くままにさせます。その後、華があり若さや勢いだけで評価される10代前半。声変わりなどを経験し、壁にぶち当たる10代後半。そして、色々なことが起こる魅惑の20代を経て、自分の行く末を見極める30代があり、後継者の育成を始める40代があります。そしてその40代50代を経た集大成が、60代70代で現れる、と」

Matirog「役者の世界はその時期その時期の花の咲き方があって、ずっと旬でいられるんですね。例えば、すし屋を開店しようと思ったとして、全く飲食店の経験が無い人と、10年間イタリアンレストランで働いた経験のある人とではスタートラインが違うと思います。おすしとイタリアンというジャンルは違えど、飲食店としての共通項はありますので、イタリアンで働いていた人のほうが、覚えも早いはずです。同じように、おたちゃんはこれまで役者を16年間経験していたので、ラジオを始めても、適応するのが早いと思いますよ。一気に飛び級で進めるはずです。司会業なども始めていいのではないですか?」

尾樽部「ラジオでの経験は1年ほどですが、全くの未経験者と僕のスタートラインが同じだとは思っていません。僕が役者として長年培ってきた経験は尾樽部和大の強みの一つだと思いますので、司会業も含めて幅広く生かしていけると思っています」

Matirog「可愛がってくれて、いろんなことを教えてくれる先輩を多く見つけることが、ショートカットの方法の一つですね」

尾樽部「『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』ということわざがありますが、役者時代の稽古場では、恥をかけと言われていました。恥をたくさんかいたほうが、伸びるからなんです。プライドを捨てて、自分をさらけ出さないと、成長はできません」

Matirog「僕は役者の経験が全くないので、お互い持っている知識を交換し合える場が理想的です。おたちゃんには、演劇ワークショップを頻繁に開いてほしいなと思っています」

尾樽部「まだ公開できませんが、開催に向けて動き出していますよ!」

Matirog「今では社員教育などにも演劇が取り上げられていますので、演劇ワークショップの需要はたくさんあるはずです」

尾樽部「僕もそう思いますね。ワークショップで行う演劇のトレーニングは、今まで気付かなかった自分を引き出してくれます。時折、演劇ワークショップを受講した役者で『演技がうまくならなかった』という人がいますが、演出家の先生からすると、それは間違っているそうです。なぜなら、ワークショップで教えているのはストーリーの見方や、見解の深め方であって演技が上達する方法というわけではありません。上達するためのきっかけを与えているんです。参加してみると分かりますが、自分の中にある演劇に対するモチベーションや、どのように技術として生かせるかという部分に変化が起こりますので、得られることは多くあります。なんとなく参加するのではなく自分が何を目標にワークショップへ参加するかを事前に明確にしておく必要がありますね。わらび座時代に何度かワークショップをやらせてもらいましたが、高校演劇をやっている学生たちや市民劇団の方たちは、学びたいという思いが強いので、得るものも大きいと思いますよ」

Matirog「これから先の目標をお聞かせください!」

尾樽部「演劇という世界から、テレビやラジオ、CMやナレーションなどのマスメディアの世界に飛び込んできたので、これからどんどん自分自身を売り出していきたいと思っています。いつか『秋田の大泉洋』と言われるようになりたいですね。50代、60代の集大成を迎えるまでに、今40代の自分として挑めることにはどんどんチャレンジして、経験を積んでいきたいと思っています」

Matirog「僕も応援しています!」

★尾樽部和大さんの「秋田の大泉洋になる」は今回が最終回です。次回のゲスト・武田昌大さん編は7月23日に配信予定です。お楽しみに!

すきかちっ(Phiomn)